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・環境のせいではない。プロの「自覚」がすべてを変える

  • 現役引退後、次世代のスポーツ選手育成にも力を注ぐ
    現役引退後、次世代のスポーツ選手育成にも力を注ぐ
    被災地や少年野球チームに向けた野球教室などを開催。正しいトレーニング方法や体のケアなどの要素をわかりやすく伝えることで、子どもたちの気づきを促す。

    29年に渡り第一線で戦えた秘訣は「新しいことを受け入れる勇気」

    29年間プロ野球で現役を続けてきましたが、それができた秘訣は「新しいことを受け入れる勇気」を持ち続けていたからだと思っています。確かに、自分の知らないことを勉強して受け入れるには以前よりマイナスになるかもしれないリスクが伴うのですが、新しいことに対するわくわく感やドキドキ感を楽しみながら、勇気を出して実行できるかが大きな分かれ目です。

    たとえば、20年前に筑波大学でトレーニングしていたとき、寝たまま足を上げたり、足を上げてひねるというトレーニングを導入しました。僕は内心「こんな簡単なトレーニングで野球が上手くなるのかな?」って疑問に思いましたけど、この新しいトレーニングを信じて続けました。今ではどのスポーツでも行う当たり前のトレーニング方法になっています。そうやって、本当に効果があるか確証が取れてから実践してみようという受け身の姿勢でいくか、自分にとって未知のことに対してリスクを背負ってでも理解しよう、身につけようと積極的に行動するかで、その後は全く違う人間になるんです。

    両者を比べると、受身の人って、それがうまくいかなくなったときに自分の中に引き出しがないから他のことを何も試せないんですね。するとストレスばかりが溜まって這い上がれなくなってしまう。一方で常に新しいことを取り入れている人は、うまくいかないことがあっても他のことにチャレンジできるから、いろんな方向から解決の糸口も見えて、自身が向上できるんです。

    もちろん、チームや団体の中で自由は制限されますが、自分一人の中であれば、誰でもやってみようと思ったことをやれる自由があるんです。

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  • プロとは「自覚」を持つこと

    40歳になった頃、朝起きたら僕の足は自然と球場に向いていました。そのことに気づいたとき、「もしかして俺、野球好きかもしれない」と初めて思えたんですよ。好きなことって、何はさておき、それを先にやろうとしますよね。昔は「ああ、今日も球場に行くのか」なんて、行きたくない日もあったんですが、朝起きてご飯を食べたらすぐに「今日は何時にグラウンドに行って、あれをして、これをして」と、ごく自然に頭の中で描いていて、ずっと嫌いだった野球を「好きだ」と言っていいんじゃないかと思えたんです。それが嬉しかったですね。好きになれるまで随分と長い年月がかかりました。長く続けられるということは、単に好き嫌いで決まるものではないということです。

    思い返せば、僕はアメリカ留学での経験から「自覚」の重要性に気づき、自覚をもって野球を続けてきました。何事もプロであれば、実力も当然大事ですが、それ以上に精神的なたくましさを身に付けなければ続きません。それがプロとしての「自覚」です。

    もしも今、何か新たに挑戦したいことがもしあるなら、新しいことへ向かうための経験と知識を準備してほしいと思います。経験はその環境に入ってからでなければできないこともあるけれど、知識はあらかじめ身につけることができます。自分で「なぜそれをするのか?」を自問自答し、その理由をよく理解した上で、やりたいことに対してとことん調べ、知ろうとすることを何より大事にしてもらいたい。その前向きな姿勢が、新しい環境でもプロとして自覚を持って続けられることにつながるのだと思います。

「工藤公康」の階段と足跡

  • 18歳
    高校卒業と同時に西武ライオンズに入団。プロの厳しさに入団を後悔する
  • 27歳
    チームの要として活躍するも、無理な生活で体に不調を抱え、選手生命の危機を迎える
  • 32歳
    ホークスに入団。投手陣の中心として成績を残すのはもちろん、若手の育成にも尽力する
  • 40歳
    40代ではじめて「野球が好き」だと実感。その後も実働29年間のプロ野球生活を続ける
  • 49歳
    引退後、プロ野球の解説・評論に加え、野球教室、ケガ予防にも取り組んでいる
工藤公康

工藤公康Kimiyasu Kudo

1963年、愛知県生まれ。名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)卒業後、82年、ドラフト6位指名で西武ライオンズに入団。黄金時代の左のエースとして活躍し、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズに在籍。2011年、肩の故障が治癒しないため現役引退を決意。プロ野球史上最長記録となる実働29年間のプロ野球生活に終止符を打った。現在は野球解説者・野球評論家として活動しているほか、「探求心」「継続力」などをテーマとしたビジネスパーソン向けの講演、現役時代から行っている野球教室、子どものケガ予防などの取り組みにも力を入れている。著書に『僕の野球塾』(講談社)、『現役力』(PHP新書)、『47番の投球論』(ベストセラーズ)など。私生活では2男3女の父親でもある。

特別インタビュー 階段を一歩上るとき

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