本田圭佑氏のサッカークラブ経営からITコンサルに転身。2年間の葛藤を経て見つけた、自分だけの「存在価値」
「サッカーに関わる仕事がしたい」という夢を叶え、本田圭佑氏とともにサッカークラブの立ち上げに携わったOさん。クラブの代表に就任するも、自身の実力と環境のギャップ、夢を諦められない葛藤を続けていました。その後、異業種のITコンサルに転身し、自身の存在価値を発見できるようになるまでの軌跡をお伺いしました。
プロフィール: O.D.さん(20代・学部卒)
サッカー日本代表も務めた本田圭佑氏と共に、サッカークラブの代表に就任。約2年間、サッカークラブの経営に従事した後、ITコンサルティング企業に転職。現在は、DXコンサルタントとして日本全国を飛び回っている。
夢だったサッカークラブ運営…設立1カ月で困難が
――学生時代に本田圭佑さんにDMを送ったことがきっかけで、サッカークラブの代表に就任されたそうですね。
学生時代はサッカーに夢中で、気がついたら大学4年生の冬になっていました。就職活動をまったくしていなかったので、「好きなことを仕事にできれば」という一心で元サッカー日本代表の本田圭佑さんにTwitter(当時)のダイレクトメッセージを送りました。するとまさかのご本人から返信があり、直接お会いしてサッカークラブ設立の夢を語ったところ、とても盛り上がって「一緒にやろう」という話に。1週間後には本田さんを発起人として、僕が代表取締役社長を務める「ONE TOKYO(現:Edo All United)」というサッカークラブが立ち上がりました。
――ご自身の夢が叶った素晴らしいスタートに思えますが、いかがでしたか。
実は夢が叶ったと思った矢先に、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出され、設立1カ月でサッカーができなくなりました。加えて、本田さんはブラジルのチームに移籍し約12時間の時差がある中でのミーティング。そして監督が武井壮さん、GMが乙武洋匡さんというビッグネームに囲まれたサッカークラブだったので、自分は明らかに力不足でした。取材でもクラブや自分のことより「本田さんはどんな人ですか」「武井さんはどんな話をされていますか」などの質問が多く、「自分が代表を務めていいのだろうか」という不安をずっと抱えていました。
夢を諦めること、自身の存在価値との葛藤
――ご自身のキャリアとクラブ運営という夢の間で、どのように折り合いをつけたのでしょうか。
周囲に助けていただきながら自分なりに頑張るものの、心のどこかに「他の人を入れたほうがクラブを大きくできるのでは?」という思いがありました。しかし、クラブ運営の夢を諦めることは、自分にとっては負けを認めることです。夢を叶えるまで努力して成果を得ることが自分のモチベーションだったので、なかなか現実を認めることができませんでした。
最終的には、クラブ設立2年目でJリーグへの昇格が決まったタイミングを一区切りとし、次へバトンを渡す決断をしました 。
――ご自身との折り合いはどのように付けられたのですか?
正直、すごく時間がかかりました。退任までは数カ月あったので、求人サイトを調べて色んな人に話を聞き次の仕事を探そうとしましたが、「好きなことで生きる」という軸から離れることに抵抗感がありました。また、たくさんの人を巻き込んで支えていただいたプロジェクトだったので、転職してそういうご縁が薄れてしまう怖さもあって。
ただ、次のステップに対して、想像以上に皆さんが応援してくれて、転職やキャリアを変えることが悪いものではないと身を持って実感できたタイミングから、フラットに「自分は何をやるべきなのか」がようやく考えられるようになりました。

異業種のITコンサルへ。自身の「存在価値」に気づけるように
――サッカークラブの経営から、異業種のITコンサルタントへ転職された経緯を教えてください。
現職のITコンサルティング企業は、大学時代からずっとお世話になっている先輩のご紹介で入社しました。僕は地方出身で、「0から1をどのように作るか」「地方から日本をどのように元気にするか」ということをずっと考えていて、自分にとってはそれがサッカーだと信じ込んでいました。実際にやってみると、自分が本当にやりたかったのは「サッカーそのもの」ではなく「サッカーを通してどうしていきたいか」だったと気づき、これまでと変わらないモチベーションで頑張れています。
――現職では、ご自身の「存在価値」についてどのように感じていますか?
自分自身、まだまだ至らない点はあると感じつつも、自分が積み重ねてきた努力の先に、あるべき正しい姿があるという実感を持てています。当時も自信がなかったという点では一緒ですが、サッカークラブの幸せと自分の幸せが一致しているという確信が持てませんでした。しかし、今では「この仕事を頑張った先に、会社や組織、自分にとって良い未来がある」と、ほぼ100パーセントに近い感覚で確信できるようになったことが自信に繋がり、目の前の仕事に思い切って取り組めるようになりました。
大きくキャリアを変えても、普遍的なスキルは生かせる
――全くの異業種に転職して、過去の経験が生きていると感じる瞬間はありますか?
「サッカークラブ経営からITコンサル」という経歴だけ聞くと、大きくキャリアを変えたように見えます。具体的な業務は大きく変わりましたが、「人と関わる仕事」という根底の部分は変わりませんし、「要望に対して良い提案をする」という普遍的なスキルは今の仕事でも生きています。前職と現職の交差点を見つけることを意識しながら日々の業務を進めることで、前職よりもパフォーマンスが上がっているなと感じます。
また、元々ITリテラシーが高くなく、ずっとサッカーだけをやってきたような人間がDXを提案するからこそ、逆に説得力が増すといった、意外なキャリアの生かし方があることにも気づけました。自分だからこそできること、自分だから話せることが仕事になっているので、ありがたいし本当に良い会社に巡り合えて良かったと思っています。

会社員でも夢を追い続けることはできる
――転職を通じて、ご自身の中で新たな発見や心情の変化はありましたか?
正直、以前までの自分は「会社員ではやりたいことを実現できない」と会社員になることは夢を諦めることだと思い込んでいました。
しかし、転職して様々な方と話をしてみると、会社勤めの方でも色んな挑戦をしていたり、社内にも挑戦できる環境がたくさん用意されていたりする会社も多くあると気がつきました。「夢を追うことは素晴らしい」という考えは、自分を正当化するための言い訳だったのかもしれません。転職をして、世の中には選択肢がたくさんあるということを知って視野も広がりましたし、世間とのずれや自身の歪みに気づくことができました。
――周囲の方はどのような転職をされていますか?
僕の友人では転職を常に意識している人が多いように思います。転職はいつでもできますが、「現職でやりたいことがあるから続けている」「次のキャリアのために現在のポジションで頑張る」といったスタンスです。仕事に対して主体的に意思決定をしている方が多いですね。
従来の転職では、これまでの経験の延長線上で業界や職種を選ぶのが一般的でしたが、180度新しいことにチャレンジする人や転職して大活躍している人など、選択肢も結果も可能性が増えていると感じます。
――最後に、あなたにとって「転職」とは何でしたか?
人生や自分自身を見つめ直せる時間になりました。自分が誤解していたものや変に囚われてしまっていたものを解くことができましたし、色々な可能性が広がるきっかけだったと、今振り返って思います。
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