応募の際に少しでも自分の能力を高く見せたいと思うのは、応募者の当然の心理です。しかし学歴や職歴を詐称する「経歴詐称」は許される行為ではありません。経歴詐称には、どういった種類があるのか、経歴詐称が発覚した場合の懲戒解雇の判決事例、会社側として経歴詐称を見抜くポイントなどをご紹介します。

経歴詐称とは

「経歴詐称」は法律などで明確な定義がある犯罪行為などではありません。一般に、採用に関わる応募書類や面接などで、応募者が年齢や学歴、職歴、犯罪歴などを偽ったり、あるいは隠したりすることにより、企業側の応募者に対する評価を積極的に誤認させることを指します。一般的には高く詐称することが多いですが、低く詐称することも、同様に問題になり得ます。

経歴詐称の具体的な内容8選

経歴詐称の例として、よく見かけるもの、企業として注意が必要なものを整理しました。

(1)学歴詐称

「学歴詐称」とは、学歴を偽ったり、卒業や修了していた学校とは別の学校を卒業・修了したなどと偽ったりすることです。採用基準として高卒、大卒、あるいは大学院卒といった学歴の基準を設けている企業が多く、採用時の給与は学歴によって異なるケースが多いため「学歴詐称」が起こりがちです。たとえば高卒なのに大卒と詐称するケースもありますし、逆に大卒なのに高卒と偽るケースも学歴詐称にあたります。

(2)病歴詐称

「病歴詐称」とは、病気を患っている場合に、それをないように偽ったり軽症であるように偽ったりすることです。近年、弁護士に寄せられる法律相談のなかで、病歴詐称の問題が出てくるケースが増えている印象です。面接時にも確認しない(確認できない)ものなので、厳密には「詐称」ではないのかもしれませんが、入社後にトラブルになるケースは非常に多くあります。具体的には、精神疾患を隠していて、入社後に重症化して長期休職をする場合などが挙げられます。

(4) 職歴詐称

「職歴詐称」とは、企業名や雇用形態、職務内容、在籍期間、転職回数などを偽ることです。職歴も学歴とならび採用の基準として大きな要素となるもので、応募者側にはよく見せたいという心理が働きがちです。たとえば営業未経験だったのに「営業の経験がある」、あるいは「3年の経験がある」と偽るケースがあります。

(5)資格詐称

「資格詐称」とは、保有資格を偽ることです。「資格を保持している」と申告したが、実際は保持していなかったケースや、履歴書には「第一種電気工事士の保持者」と記載されていたのに、実は第二種電気工事士だったといったケースです。これらの資格は採用時に資格証の提示やコピーの提出を求めることが多いため、実際に問題になることは少ないといえます。ただし、国家資格のように有資格者しかできない業務の場合、無資格者に業務をさせることになるなど、発覚した際の問題がより深刻化しやすいといえます。

(6)実績・スキル詐称

「実績・スキル詐称」とは、それまでの主な仕事上の実績を偽ったり、スキルがあるように偽ったりすることです。特に前職の業務に関わるような内容の場合、成果が外部的に公表されていることも少ないため、見抜くことが困難なケースが多いといえます。

(7)年収詐称

「年収詐称」とは、主に前職や現職の年収を偽ることです。前職や現職の年収を基にして、転職先の収入が決まる場合に、転職先での収入を多くしようと前職や現職の年収を偽るケースなどです。

(8)年齢詐称

「年齢詐称」とは、自己の年齢を偽ることです。労働者の募集及び採用において、年齢制限は原則禁止ですが、例外事由として募集条件に年齢制限がある場合などに、年齢詐称をすることが考えられます。ただ、保険関係など各種手続を取るなかで生年月日が明らかになることが多いので、実務上見かけることは少ない例です。

経歴詐称の見極め方について

経歴詐称はどこまで聞いてよいのか

採用前に詐称を見抜ければ、後日のトラブルを事前に防ぐことができます。それでは、そもそも応募者に対して、使用者はどこまで確認してよいのでしょうか。

裁判例では、「使用者が、(中略)その労働力評価に直接関わる事項や、これに加え、企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う」(東京地判平成22年11月10日労働判例1019号13頁)としています。このように、基本的に応募者は、真実を告知すべき義務を負うので、「必要かつ合理的な範囲内」であれば、使用者は確認できることになります。

非常に難しいのは、病歴を聞いてよいかです。業務に関係がある場合であれば聞ける可能性があります。しかし、その場合でも「その質問の趣旨を伝える」「回答を外部に出さない」といった配慮が必要となるでしょう。

見極め方(1)資料の提出をお願いする

それでは、どのような方法で詐称を見極めればよいのでしょうか。
やはり一番よいのは、客観的な資料を確認することです。これらは「企業側が求めるから応募者が出す」という構図であり、自動的に提出されるようなものではありません。募集要項に資料提出について明記しておくようにしましょう。

【提出を求める資料の例】

・学歴→卒業証明書など、入学・卒業が分かるもの

・資格→資格証、免許証など

・実績・スキル→英語スキルなどではTOEIC・TOEFLなど

ただ、前述のように、実績・スキルは客観的に評価できるものだけではないため、裏づけとなる資料がない場合も多くあります。

見極め方(2)面接時に聞く

「この経歴/スキルがあれば当然知っているだろう」「当然答えられるだろう」といった質問を用意しておくことも重要です。客観的な資料の提出が難しい実績やスキルなどについては、業務において果たした役割やエピソードなどを具体的に聞くことが大切です。また、資格があるかないかなどは、専門用語の使い方などからも推測することができます。なお、前述のとおり、病歴などプライベートなことを聞く際には、業務と関連するか、必要な質問なのかを検討のうえ聞くことが大切です。

※面接に関しては、以下の記事をご参照ください

面接官必見の事前準備、気をつけるポイント、心構えをわかりやすく解説

経歴詐称で解雇した事例

経歴詐称は軽いものから企業秩序に与える影響が重大なものまでさまざまで、詐称の内容などによって解雇できる場合とできない場合があります。解雇にあたっては、労使間の「高度な信頼関係」を破壊するかどうかという観点と、労働契約の目的となる職務の遂行に支障はないか、また、企業秩序(事業運営のために維持すべき社内のシステム)を損なうことがないかといった観点で判断されます。過去の判決事例から経歴詐称で解雇が認められた例と認められなかった例を紹介します。

学歴詐称・有効事例

ある企業は、中学校または高等学校卒業者のみを対象として、オペレーター(印刷製袋機を運転、操作する作業担当者)を求人しました。当該企業は、同求人を見て応募した者(A)を採用しましたが、Aは、採用時に提出した履歴書の学歴欄において、実際には短期大学を卒業しているにもかかわらず、高等学校卒業の学歴しか記載せず、また、採用面接時においても最終学歴は高等学校卒業である旨回答しました。当該企業は、学歴詐称を理由にAを懲戒解雇しました。

裁判所は、①Aが学歴の重要部分について意識的に詐称したこと、②採用時に当該企業がAの真実の学歴を知っていたらAを採用しなかったであろうことを重視し、企業が行ったAに対する懲戒解雇を有効と認めました。

裁判所は、②の判断にあたって、㋐当該企業が前述した求人方針(中学校または高等学校卒業者のみを対象)を採用していた理由、㋑当該企業における同職種の労働者の学歴の実態、㋒求人条件よりも高学歴の者が応募してきた際の過去の対応等について詳細に検討しています。

東京地判昭54.3.8

学歴詐称・無効事例

ある企業は、高等学校卒業以下の学歴の者を採用する方針をとっていたところ、最終学歴が大学卒業であることを秘匿して採用された者(B)について、学歴詐称を理由に懲戒解雇しました。

裁判所は、①当該企業が募集広告において学歴に関する採用条件を明示していなかったこと、②採用面接時にも学歴を確認していなかったこと、また、③Bの勤務状況にも問題がなかったことなどから、学歴詐称により、企業の経営秩序を企業からの排除が相当といえる程に乱したとはいえないとして、企業が行ったBに対する懲戒解雇を無効としました。

この判例は、学歴詐称が認められる場合においても、落ち度といえるような対応が企業側にある場合(①、②)や企業に実害が生じたといえないような場合(③)には、学歴詐称を理由とした懲戒解雇が無効とされた事例です。

福岡高判昭55.1.17

職歴詐称・有効事例

ある企業は、特定のシステム開発のために、JAVA言語を操ることのできる人材を募集しました。そして、経歴書と面接時の説明からすれば、JAVA言語を用いてシステム開発に従事した経験があり、JAVA言語のプログラマーとしての高い能力を有していると判断するのが通常といえる者(C)を採用しました。

しかし、Cは、実際には、JAVA言語のプログラミング能力がほとんどありませんでした。
裁判所は、Cが経歴書に記載し、面接において告げた経歴は虚偽の内容であると認定し、「重要な経歴を偽り採用された」との懲戒解雇事由に該当するとして、企業が行ったCに対する懲戒解雇を有効と認めました。

本事例は、労働者が、実際には企業の求める能力がないにもかかわらず、その能力を有するかのように偽ったといえる事例です。

東京地判平16.12.17

職歴詐称・無効事例

ある企業は、パチンコ店のホールスタッフ(有期のアルバイト)として採用した者(D)について、採用直前の3カ月間、風俗店に勤務していたことを履歴書の職歴欄に記載しなかったことが「にせの経歴を作り、その他不正なる方法を用いて雇入れられた時」の懲戒解雇事由に該当するとしてDを懲戒解雇しました。

裁判所は、Dが職歴を記載しなかったことによって企業秩序が侵害されたことがあったとしても、程度としては軽微であり、また、Dの勤務態度等について特段問題があったとも認められないなどとして、企業が行ったDに対する懲戒解雇を無効としました。

本事例は、企業が問題とする職歴詐称により、実際の業務における支障が生じたと認めることが困難といえる事案です。

岐阜地判平25.2.14

経歴詐称が発覚したときの対処と流れ

経歴詐称が発覚したとしても、その社員が高いパフォーマンスを上げており、社内の人間関係も良好であれば、あえて解雇する必要はありません。また故意に詐称したのか、単なる書き間違い、言い間違いで結果的に詐称しているような形になってしまったのかによっても、対処の方法が異なってきます。十分な情報収集をしたうえで、本人に確認し、しっかり事実を把握しましょう。

事実や資料の確認

詐称された内容、採用の可否(詐称があることを知っていたら採用したか否か)、配属、給与決定に与えた影響、採用後の業務への取り組み態度・成績などの事実を確認し、採用時の資料などを調査します。

弁明の機会

本人から事情をヒアリングするとともに、弁明の機会を与えます。

処分の決定、通告

社内で論議し決定した処分を本人に文書により通告します。

労働者との交渉

労働者が処分に不服をとなえる場合は、交渉を行います。もし交渉が決裂した場合は、裁判に発展することもあります。

解雇とする場合

重大な詐称の場合は解雇も考えられます。解雇には懲戒解雇、普通解雇の2つの種類があります。

懲戒解雇

懲戒解雇とは、労働者が悪質な非違行為(非行や違法行為のこと)を行った場合や、重大な規律違反があった場合になされる解雇のことです。懲戒処分は会社によって定め方が異なりますが、一般的には軽いものから戒告、けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇(諭旨退職)、懲戒解雇があり、懲戒解雇はもっとも重い処分です。懲戒解雇は労働契約を会社側から一方的に解約する行為であり、制裁としての性質があります。懲戒解雇にする場合は、その事由が就業規則などで明記されていることが前提であり、相当の根拠を予め労働者に明示し、弁明の機会を与えることが必要です。退職金制度がある会社の場合、退職金規定などで「懲戒解雇の場合には退職金を支給しない」と定めている場合は、退職金を不支給とすることができる場合があります。

※懲戒解雇については、下記記事をご参照ください。

【弁護士監修】懲戒処分とは?種類と処分の流れをわかりやすく解説

普通解雇

普通解雇は懲戒解雇、整理解雇以外の解雇、すなわち労働者の債務不履行を理由とする解雇で、制裁の性質は有していません。また退職金は規定通り支払うのが一般的です。

解雇できない可能性があるケース

業務とは直接関係のない資格などについて詐称していた場合

たとえば、普段は英語力が必要でない業務の場合、履歴書の英語スキルを実際より高く書いたとしても、解雇は認められない可能性があります。

採用にあたり学歴・経歴を重視しない場合、求人情報に明記していない場合

企業が募集の際に学歴の条件について明示していなかった場合、応募の際に「未経験歓迎」や「経験不問」などの記載をしている場合は、学歴・職歴詐称があったとしても重要な経歴詐称にはあたらない場合があります。さらに、経歴詐称を解雇事由にすると定められていない場合は解雇しにくくなるため、就業規則などに明記しておくことも必要です。

面接で応募者に経歴や資格などについて確認していない場合

面接時に経歴や資格などについて面接官から質問されなかった場合は、積極的に質問をしない限りは労働者側から申告の義務はありません。また企業側が質問をしなかったことに関して、労働者の責任を問うことはできませんので、十分に注意しておきましょう。

高いパフォーマンスを発揮している場合

学歴詐称等の事実はあったものの、入社後は高いパフォーマンスをあげ、企業に不利益を与えていない場合は解雇が認められない可能性があります。

経歴詐称した人を雇用するリスク

経歴を詐称した人を雇用した場合、企業にはどのようなリスクが生じるのでしょうか。

パフォーマンスが低い

「職歴」「学歴」を詐称して入社した場合、業務に対してのスキル・知識が不足していることが考えられ、実際の業務につくと企業が期待している成果をあげられないことが予想されます。

コンプライアンス上のリスクが高い

意図的に「詐称」をして入社する人物の場合、取引先・社内に対して誠実な対応ができず、トラブルに発展するリスクが高くなる傾向にあります。そういう人物を雇用して経営している企業としてコンプライアンスの信頼が損なわれることになる可能性もあります。

以上のように、経歴詐称といってもさまざまな事柄に関するものがあります。詐称を見抜くには、客観的な資料やリファレンスチェックの活用が有効です。ただ、一度採用してしまうと、解雇が認められないケースも多くなります。業務との関連で許されないと考えられる「詐称」については、募集要項に明記し採用面接時にも確認するなどすることが必要です。

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