使用者と労働者との間で締結される労使協定。代表的なものとして「36(サブロク)協定」は知っているという方も多いのではないでしょうか。今回はそんな労使協定の基礎知識から、労働協約・就業規則・労働基準法との違い、届け出が必要な労使協定の種類、労使協定に違反したときの罰則などを詳しくご紹介します。

監修者

栗谷 亜希子(社会保険労務士、産業カウンセラー)
鉄鋼メーカーに入社し、人事部門にて勤務。退職後は、ストレスチェックやハラスメントなど組織のメンタルヘルスに関するコンサルティングや社員研修、カウンセリング、コラムの執筆などを行う。株式会社プラチナ・コンシェルジュ所属。

労使協定とは

労使協定とは、使用者と労働者との間で締結される、書面による協定のことをいいます。基本的に会社は、労働基準法などの法律に則って就業規則や社内ルールを策定しますが、会社によっては例外の規則を設けることがあり、こうした特別ルールが労使協定になります。

代表的なものが「36(サブロク)協定」です。使用者が労働者に対して時間外労働や休日出勤などを行って欲しい場合、時間外労働や休日出勤を認める内容の「36協定」を労働者側と締結していれば、労働基準法で規定されている「1日8時間・週40時間」を超えても罰則を受けずに労働を課すことが可能になります。

労使協定と労働協約の違い

労働協約とは、労働組合と使用者との間で行った取り決め、契約のことをいいます。労働組合とは、労働組合法によって労働者保護のための権利を認められた団体で、労働者の賃金や待遇など労働条件をはじめとした労使関係に関する事項について使用者との間で合意し書面にしたものが労働協約になります。この2つには、いくつかの違いがあります。

まず、労使協定が「労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者」という要件があるのに対して、労働協約は労働者の過半数に満たない労働組合であっても締結が可能です。

もう一つの違いは、効力の範囲です。労使協定の効力は適用範囲が定められていない限り、その会社で働く全労働者が対象となりますが、労働協約の場合は、原則としてその労働組合に加入する労働者にのみ効力が発揮されます。また、労使協定が労働基準法の例外を認めるためにできたものであるのに対し、労働協約は強い効力があるものの、あくまで労働基準法の範囲内が対象となります。たとえばある会社で1日の就業時間を7時間として労働協約を結んだ場合、その労働組合に加入する労働者の1日の労働時間は7時間となりますが、労働基準法の定める労働時間(8時間以内)を超える労働協約、例えば1日9時間を労働時間とする労働協約を結ぶことはできません。

労使協定と就業規則の違い

就業規則とは、使用者が労働基準法などに基づいて定めた社内規則で、具体的には、労働者の給与規定や労働時間といった労働条件、労働者が遵守すべき職場内の規律やルールなどをまとめたものになります。労働基準法では常時使用する労働者が10人以上である場合、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。労使協定が使用者と労働者の間で結ばれる協定であるのに対し、就業規則は労働者への意見聴取の義務があるとはいえ、使用者が一方的に作成・変更できるという違いがあります。

また、労使協定は労働基準法で認められていないことに対しての免罰効果が得られますが、民事的な権利義務は発生せず、労働者への強制力もありません。一方で、就業規則は、労働者に対しての規範的な効力を持ち、労働者は就業規則で定められている規定に準じなければならないという民事的な権利義務が発生します。そのため、就業規則を先に設定し、それに基づいて労使協定を設定するのが一般的です。

労使協定と労働基準法の違い

労働基準法は、労働者の保護を目的とした国の法律です。使用者が守らなければならない最低限の労働条件などが定められており、この基準を満たさない労働条件で雇用した場合は法律違反となり、罰金刑や懲役刑といった刑事罰が科せられることもあります。

この労働基準法に定められた労働条件に例外的な規則を設けられるのが、労使協定です。締結することで、労働基準法の範囲を超えても罰則の適用を受けないという「免罰的効力」があります。つまり、労働基準法の例外を認めるのが労使協定です。

労使協定の位置づけ

上記で述べたとおり、労使協定には、労働契約を規律する「規範的効力」はありません。それと比較して、労働協約、就業規則、労働基準法は民事的効力を発揮するものです。優先順位としては、国が定めた法律である「労働基準法」、労働組合と使用者が同意して締結した「労働協約」、会社が一方的に定めた「就業規則」の順になります。

労使協定はあくまで使用者と労働者の間で結ばれた約束事であり、罰則の適用を受けないという免罰的効力を持つに過ぎません。労働者への強制力はないため、時間外労働などの指示に逆らうこともできますし、それに対する罰則を受けることはありません。そのため、使用者が労働者に労使協定の内容を守らせるためには、労使協定の締結だけでなく、あわせて就業規則などでも規定する必要があります。

労使協定の種類

労使協定には大きく分けて2つの種類があり、労働基準監督署に届け出が必要なものと不要なものがあります。

届け出が必要な労使協定

  • 時間外労働・休日労働に関する協定届

いわゆる「36(サブロク)協定」です。労働基準法に定められた法定労働時間を超える時間外労働時間が見込まれる場合は、あらかじめ協定を結び、届け出て初めて可能になります。休日出勤をさせる際にもこの労使協定の届け出が必要になります。

  • 事業場外労働に関する協定届

出張や外勤の営業のように、労働者が業務の全部または一部を事業場外で行う場合で、労働時間の算定が困難であるときは、その事業場外の労働については、原則として所定労働時間労働したものとみなすことができる制度を「事業場外のみなし労働時間制」といいます。この「みなし労働時間」が法定労働時間を超える場合は、届け出をする必要があります。

※みなし残業については以下の記事を参照ください。

【弁護士監修】みなし残業とは?導入方法や違法にならないポイントを紹介

  • 専門業務型裁量労働制に関する協定届

専門業務型裁量労働制は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に従業員の裁量にゆだねる必要がある業務として、法令で定められた19業務の中から対象となる業務を労使協定で定め、従業員を実際にその業務に就かせた場合に、労使協定であらかじめ定めた時間を働いたものとみなす制度です。19業務には、研究開発、出版事業の取材や編集、システムコンサルタント、インテリアコーディネーター、公認会計士、弁護士、証券アナリストなどがあり、労使協定を届け出る必要があります。

  • 労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合の労使協定

使用者が労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合、労使協定を届け出なければなりません。またこの協定を結んだ場合は、使用者は毎年4月30日までに3月31日以前1年間の預金の管理の状況を所轄労働基準監督署長に報告する義務があります。

  • 1ヶ月単位の変形労働時間制に関する協定届

1ヶ月単位の変形労働時間制とは、1ヶ月以内の一定期間を平均し、1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲内において、特定の日または週に法定労働時間を超えて労働させることができる制度で、労使協定を結んだ際には届け出なければなりません。

  • 1年単位の変形労働時間制に関する協定届

1年単位の変形労働時間制とは、1か月を超え1年以内の期間で1週間を平均して40時間以内にする制度です。これにより、特定の日または週において、法定労働時間を超えて労働させることができます。ただし、制度を利用するためには事前に労使協定を届け出なければなりません。

  • 1週間単位の非定型的変形労働時間制に関する協定届

1週間単位の非定型的変形労働時間制とは、労働者数が30人未満の小売業、旅館、料理・飲食店の事業において、労使協定により、1週間単位(40時間以内)で1日10時間を限度に毎日の労働時間を弾力的に定めることができる制度です。労使協定を届け出る必要があります。また、当該労働させる一週間の各日の労働時間を、あらかじめ当該労働者に通知しなければいけません。

届け出が不要な労使協定

  • 法定控除項目以外の賃金控除に関する協定

所得税や住民税、健康保険料など法令により定められたもの以外で、社宅・寮費、組合費などを賃金から控除する場合は労使協定で定める必要があります。

  • フレックスタイム制の労使協定

フレックスタイム制を導入するためには、労使協定で定める必要があります。清算期間が1カ月を超えるときは届け出が必要です。

  • 休憩の一斉付与の例外に関する労使協定

休憩時間は原則として労働時間の途中に一斉に与えなければなりませんが、労使協定を結ぶことにより、一斉付与を適用除外することができます。

  • 月の時間外労働が60時間を超えた際の代替休暇に関する労使協定

1ヶ月の時間外労働時間が60時間を超えた時間については、50%の割増賃金を支払う必要があります。(中小企業については、2023年3月31日まで猶予されています。)この労使協定は、60時間以下の時間外労働に対する割増賃金率との差額に相当する部分について、金銭での支払いにかえて有給の休暇を付与することが認められた制度です。

  • 年次有給休暇の計画的付与に関する労使協定

年次有給休暇の付与日数のうち5日を除いた残りの日数について、労使協定を締結することで、計画的に休暇取得日を割り振ることができます。

  • 年次有給休暇の賃金を標準報酬日額相当額で支払う場合の労使協定

年次有給休暇を取得した場合、一般的には平均賃金または通常の賃金で支払う必要がありますが、労使協定の締結により健康保険法上の標準報酬日額相当額で支払う方法もあります。

  • 育児休業及び介護休業が出来ない者の範囲に関する労使協定

育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇等を取得できない者を労使協定で定めることができます。ただし、取得できない者は一定の範囲に限られていますので自由に設定できるものではありません。

  • 継続雇用制度に関する労使協定

継続雇用制度については、希望者全員を対象とすることが原則とされていますが、2013年3月31日までに労使協定に基準を設けている企業に限り、「経過措置」として対象者を限定できます(2025年4月1日以降は経過措置が終了)。継続雇用制度の導入にあたっての労使協定や継続雇用制度の対象者の基準を定めた労使協定は、労働基準監督署に届け出る必要はありませんが、就業規則を変更した場合は必ず届け出が必要です。

労使協定に違反したときの罰則

上記で述べた労働基準監督署への届け出が義務づけられている労使協定を届け出ずに、労働者に時間外労働などを命じた場合、労働基準法違反となり、罰則の対象になります。罰則の対象は、使用者(企業)だけでなく、現場の労務管理を担当する責任者も含まれます。代表的な労使協定である「36協定」を結ばずに時間外業務や休日労働をさせた場合は、労働基準法32条の違反として、6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられます。また、厚生労働省および各労働局より公表されている「労働基準関係法令違反に係る公表事案」による、企業名公表により社会的制裁を受ける可能性もあります。

労働者の働く環境や企業の利益を守るためにも、重要となるのが労使協定です。ぜひ今回ご紹介した内容をもとに、自社の労働環境にあった労使協定を検討してみてください。

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