「固定残業代制(いわゆる、みなし残業制)」を導入されている企業、あるいは導入を検討されている企業も多いのではないでしょうか。「みなし残業(固定残業代制)」はあらかじめ残業時間を定め、その時間分をみなし残業(固定残業代)として支給するもの。正しく運用すればメリットがある制度ですが、誤った導入・運用をするとトラブルにつながるリスクがあります。「みなし残業(固定残業代制)」のメリット、デメリットを含め導入方法などをご紹介します。

みなし残業とは

「みなし残業」とは、正確には「固定残業代制」とよばれ、実際に残業した時間にかかわらず、事前に決めた一定の時間は残業(時間外労働)したとみなし、あらかじめ定額の残業代を支払う制度のことです。法律に定められた制度ではありませんが、労働基準法に違反しないように運用する必要があります。

みなし残業(固定残業代制)の仕組み

たとえば、ある月の残業時間が実際は15時間だった場合、事前に月の残業を20時間とみなすことを決めておけば、その月も20時間残業したとみなされ、20時間分の対価が支払われます。20時間を超えた場合は、超過分について別途支給されます。

みなし残業(みなし労働時間制)の3つの種類

「みなし残業(固定残業代制)」と似た言葉で、「みなし労働時間制」があります。労働基準法においては、「事業場外労働のみなし労働時間制」、「専門業務型裁量労働制」、「企画業務型裁量労働制」の3つのみなし労働時間制が定められています。いずれも、法で定められた要件をみたす場合に、一定の労働時間働いたものとみなす制度です。「みなし残業(固定残業代制)」とは別の制度となります。

たとえば、「事業場外労働のみなし労働時間制」は、営業職など事業場外で業務に従事し、かつ、正確な労働時間の算出が難しい場合にのみ適用され、一定の労働時間(原則、所定労働時間)働いたとみなします。

事業場外労働のみなし労働時間制

「事業場外労働のみなし労働時間制」とは、労働基準法第38条の2に基づく制度で、前述したように、直行直帰が多い営業職など事業場外で業務することが多い従業員が対象となり、正確な労働時間の算出が難しい場合に適用されます。労働時間の把握が客観的に困難といえない場合には、事業場外労働のみなし労働時間制は適用できません。

出典:厚生労働省 栃木労働局「事業場外労働のみなし労働時間制(労働基準法 第38条の2)」

専門業務型裁量労働制

「専門業務型裁量労働制」とは、労働基準法第38条の3に基づく制度で、業務の専門性が高く、業務を遂行する方法や時間配分などについて、大幅に従業員に委ねる必要がある業務として法令等により定められた業務に適用されます。
研究職や情報処理システムの業務、デザインの考案業務、放送番組等のプロデューサー業務、記者・編集者の業務、弁護士の業務など厚生労働大臣の指定する19の業務が対象となります。

出典:厚生労働省労働基準局監督課「専門業務型裁量労働制(労働基準法第38条の3)」

企画業務型裁量労働制

「企画業務型裁量労働制」とは、労働基準法第38条の4に基づく制度で、企業の事業運営に関して企画、立案、調査および分析の業務を行う従業員に適用されます。企画業務は、時間をかければ必ずしもよい成果が生まれる業務ではなく、遂行手段や時間配分を従業員に委ねたほうがよい成果につながりやすい傾向があります。

企画業務型裁量労働制が適用される従業員は、対象業務に常態として従事している従業員であり、対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する従業員とされています。また、いかなる事業所でも導入できるわけではなく、導入できるのは、「労使委員会が設置された事業場」(賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会が設置された事業場)と定められています。

出典:厚生労働省 栃木労働局「裁量労働制(労働基準法 第38条の3、第38条の4)」

出典:厚生労働省労働基準局監督課「企画業務型裁量労働制」

みなし残業のメリット・デメリット

「みなし残業(固定残業代制)」にはどのようなメリット・デメリットがあるでしょうか。企業側、従業員側の両面から見てみます。

企業側のメリット

給与計算の作業が軽減できる

あらかじめ残業代を一定額支払うとすることで、残業代の計算を簡素化することが可能です。ただし、決められた残業時間を超えた残業代については、追加で支払いが必要ですので注意が必要です。

人件費をある程度固定化できる

みなし残業(固定残業代制)を導入すれば、業務の繁閑にかかわらず人件費がある程度固定化され、人件費を把握しやすくなります。

企業側のデメリット

正しく導入・運用しないとトラブルが生じる

企業側が「従業員に充分な周知をせず導入する」「みなし残業(固定残業代制)を導入すればいくら残業させても大丈夫」などといった誤った認識を持っている場合、従業員から未払い残業代を請求されてしまうなどのトラブルが発生する可能性があります。トラブルを未然に防ぐためにも法律に則った導入・運用を行うことが必要です。

従業員側のメリット

従業員の裁量が大きく自由な働き方ができる

定められた時間内であれば、残業時間について細かく管理されることも少なく、業務効率をあげて労働時間を短縮することが可能です。プライベートの時間を確保し、かつ残業代をもらうことができるというメリットがあります。

安定した収入が見込める

特に繁閑差が大きい業務に従事している場合、残業時間の変動が大きいため、残業代によって月収が変動します。みなし残業制度を導入することによって業務の繁閑に関わらず安定した収入が見込めます。

従業員側の注意点

労働時間をきちんと把握・申請しよう

固定残業時間を超過して働いた時間分は別途支払われますので、働く側もきちんと自分の残業の必要性とその見込時間を把握し、会社に適正に申請することが必要です。みなし残業(固定残業代制)だからといって、残業時間を気にしなくてもよいということはないので、しっかり時間管理を行いましょう。

みなし残業が違法になるケースは?

企業・従業員の双方にメリットがある「みなし残業(固定残業制)」ですが、正しく運用しないと違法になってしまう場合があります。

みなし残業時間数が月45時間を超えている

企業は「36協定」を結ぶことで従業員に残業(時間外労働)をさせることが可能ですが、月の残業時間の上限は45時間と定められています(労働基準法第36条第4項)。この45時間の上限を超える残業を前提とするようなみなし残業(固定残業代制)を定めることは、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合を除き、違法になる可能性があります。みなし残業の時間については慎重に決めていきましょう。

基本給・みなし残業代が最低賃金を下回っている

労働基準法と関係政令においては、「1日8時間、週40時間を超えて働かせた場合、25%以上の割増賃金を支払わなければならない」とされており(労働基準法第37条)、みなし残業(固定残業代制)にもこの労働基準法上の割増賃金の規定が適用されます。最低賃金は毎年10月に改正され、年々上昇しています。基本給が最低賃金を下回っている場合は、違法となります。

また、時間外労働の計算方法は通常の時給換算した給与の1.25倍以上です。東京都の場合、令和3年10月1日より最低賃金が1,041円、時間外労働の最低賃金は1,301円/時間になります。たとえば「残業手当5万円(月45時間分)を含む」と定めても、時給に換算してみると1,111円(5万円÷45時間)となり最低賃金を下回っています。45時間のすべてが法定労働時間超過分だと違法になりますので、違反していた期間について従業員に対して未払い分を支払う義務があります。

参考:厚生労働省「令和3年度地域別最低賃金改定状況」

みなし残業を導入する際の流れ

ここでは、みなし残業(固定残業代制)を導入する際の流れと気をつけるべきポイントをご紹介します。

実態を把握する

まず、すべての部署の時間外労働・休日労働時間の実態を調査してみましょう。みなし残業(固定残業代制)を適用するのが妥当か、どのくらいの時間を固定残業とするかを検討します。実態を踏まえて、みなし残業(固定残業代制)を導入した場合、みなし残業(固定残業代制)の有効性が認められやすくなります。

みなし残業(固定残業代制)の対象者を決定する

みなし残業(固定残業代制)を、管理職を除くすべての従業員に適用するかどうかを考えます。部署によって残業の多寡がありますが、その差が小さければ全従業員に適用してもよいのですが、あまりにも差があるような場合には検討が必要です。残業の少ない部署はみなし残業を導入せず、実際の残業に合わせて残業代を支払ったほうが、経費が抑えられることが多いでしょう。

みなし残業時間を決定する

実態を把握したら、まず1カ月の平均残業時間を計算します。ただし、単純にこの数字を用いると実際に忙しくない時期には、残業が少ないのに残業代を支払い、忙しい時期には追加で残業代を支払うことになり、経費が増えてしまいます。そこで、平均残業時間ではなく、1年間の残業時間の比較から最頻値を使います。この最頻値からマイナス1時間の数字をみなし残業時間とするのです。なぜ、マイナス1時間とするとよいのかというと、管理職のマネジメント能力を向上させるためです。少しでも残業をなくすために、これを機に仕事の効率化を図ることを考えるべきでしょう。

みなし残業(固定残業代制)導入の背景と制度内容を説明し同意を得る

従業員に対し制度について十分な説明を行い、同意を得ましょう。特に、なぜ・何のために導入するのかといった背景をしっかりと説明し、合意を得ることが重要です。

就業規則に定める

口頭の説明だけではなく、みなし残業(固定残業代制)に関する規定を就業規則に定める必要があります。

【就業規則への記載例】

 (固定残業の定め)

第〇条 〇〇手当は固定残業手当として、予め設定した時間外労働時間(〇〇時間分)に対して支給し、実際の時間外労働時間がこれを超えた場合は、法令に基づき割増賃金を加算して支給する。

労働条件通知書兼労働契約書を交わす

従業員一人ひとりに対し新たに労働条件通知書兼労働契約書を交わします。追加する箇所は賃金の箇所で、別途みなし残業代として「○○時間分の残業代として支払う。また○○時間を超えた場合は、追加して残業代を支払う」と時間や金額を明記します。そして、説明をし、署名をもらいます。ただし、この場合新たに契約書を作成するので、現在の基本給等の労働条件にしておきましょう。

運用する

実際の労働時間が固定残業時間を下回った場合は決められた残業代を支給、実際の労働時間が上回った場合は、その分の残業代を上乗せして支払います。

みなし残業で企業が注意すべき点

みなし残業(固定残業代制)で企業が注意すべき点はさまざまありますが、主なものは以下の3点です。

残業を削減する努力をすること

みなし残業(固定残業代制)を導入したからといって、残業ありきの体制にしてもよいということではありません。残業を減らし、仕事の効率化を図るために管理職の役割は今以上に大きくなります。従業員には、残業があってもなくても一定時間分の残業代を支払うことを周知していると思いますが、残業をしなくても支払われるということを強調しておきましょう。そうすることで従業員には、残業をしなくても残業代がもらえるうれしい制度だと認識されます。

残業時間の清算は正確に行うこと

残業時間は、月によって異なります。しかし、残業時間は1カ月の上限が法律で決められているため、みなし残業(固定残業制)においても清算は1カ月単位で行い、翌月に持ち越すことはできません。たとえば「みなし残業時間が月20時間だった場合、今月は15時間だったため、来月に5時間持ち越して25時間残業させる」などといったことはできないので注意が必要です。

みなし残業制度を周知徹底すること

みなし残業代を支払っている会社は、就業規則や雇用条件通知書兼労働契約書等にみなし残業代について明示することが必要です。制度の説明をしても「みなし残業代をもらっているけれど基本給の一部」と、従業員が勘違いしてしまう場合があります。企業側も基本給を減らしてみなし残業代に振り替えているが、支払っている金額は変わらないからと説明をしないケースもあります。

基本給とみなし残業代については別物であり、みなし残業代については、○○時間分の残業代であること、1カ月単位で清算されること、○○時間を超えた分は別途残業代を支払うことを従業員に説明する必要があります。こうした説明を怠ると「最低賃金に満たない」労基法違反や「どれだけ残業をしても残業代は毎月同じ」と残業を忌避する風潮が生まれるなどの問題が発生してしまうため、説明をまだしていない会社は、今すぐにでも周知をするべきだといえます。

みなし残業を導入する際に気をつけるポイント

次に、主に運用面において、みなし残業(固定残業代制)を導入する際に気をつけるべきことを整理しましょう。

昇給をした場合には、みなし残業代も見直す

意外と見落としがちなのが、みなし残業代は一律ではないという点です。現在でも年齢に連動して基本給が上がるという昇給制度をもっている企業は多く存在します。基本給が上がると時間外手当の金額も上がっていくため、みなし残業代についても上げる必要があります。こうした理由からみなし残業代は、ある程度の昇給分を見込んだキリのよい金額に設定している企業も多いようです。正確に計算をすれば半端な数字が出るかもしれませんが、昇給を見越して少し多めに設定しておく方法も考えられます。

みなし残業代の記載は正しく

採用活動にあたっては、求人票などに給与を表記します。その際、基本給に「みなし残業代〇万円含む」といった形で、但し書きを追記している例を見かけますが、このような表記は適切ではないといわれています(法的な規定はありません)。

厚生労働省は求人票などでの賃金の記載方法について、基本給とみなし残業代を分けて明記するように求めています。みなし残業(固定残業代制)を導入している企業が給与を記載する場合には、以下の3点に気をつけましょう。

・みなし残業代を除いた基本給の額を明示する

・みなし残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法を明示する

・みなし残業時間を超えて労働した場合に追加で残業代を支払うこと、その金額を明示する

参考:厚生労働省「若者の募集・求人の申込みをお考えの事業主の皆さまへ 職業紹介事業者の皆さまへ」

みなし残業(固定残業代制)は、残業に関する管理が楽になるという側面がありますが、一方で残業代の支払いが増える可能性もあります。実際の残業時間が少ない月も一定の残業代を支払う必要があり、さらにみなし残業時間を超えた場合には、追加で残業代を支払わなければならないためです。

その一方で、みなし残業(固定残業代制)の最大のメリットは仕事の効率化を図ることができる点です。残業をしなくても一定の残業代が支給されるのであれば、従業員は仕事を早く終わらせて定時に帰ろうとするでしょう。企業側としても、定時帰社を推進することで、残業を減らすことができます。残業は残業代だけでなく光熱費等の経費がかかるものであり、企業側にとってもこうした傾向が生まれることはメリットといえるでしょう。みなし残業(固定残業代制)の導入は、従業員と企業の双方にとって歓迎すべき制度だといえます。

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