時給制、日給制、月給制など複数ある給与体系のうちの一つが、年俸制です。年俸制は、スポーツ選手が入団や契約更改のタイミングで年俸額を発表するように、特殊な職業の話だと感じられる方もいるかもしれません。今回は年俸制について基本から解説しながら、年俸制を採用するメリット・デメリット、残業代や賞与の扱いなどを紹介します。

年俸制とは

年俸制とは、従業員に支払う賃金を年単位で決定する給与体系を意味します。ただし、実際に従業員に支払う際は、1年分をまとめて支払うのではなく、年俸額を12分割して月々支払う形式や、14分割や16分割にしたものを給与と賞与に分けて支払う形式が採られています。

月給制との違い

上記の通り、従業員からすると年俸制であっても毎月給与が支払われるため、月給制とあまり違いはないように感じられるかもしれません。ではなぜ企業は年俸制を採用するのでしょうか。一番の違いは人事評価と連動させやすいこと。それは年俸制が外資系企業で採用されることが多い点とも関連があります。日本では長らく終身雇用を前提として賃金が決定されていたため、仕事の成果よりも勤続年数や勤務態度が給与を決定する要素として重視されていました。一方で、海外では成果主義が浸透しています。成果主義に則って賃金を決めるためには、半年~1年のタイミングで実施される人事考課と時期や頻度を合わせた方が、都合が良いのです。企業によっては半年に1回の頻度で賃金を決める「半期年俸制」を採用していますが、これも人事考課と連動させるためだといえます。

※人事考課に関しては、以下の記事もご参照ください。
・人事考課とは?人事評価との違い、目的、導入方法をわかりやすく解説

年俸制の企業メリット・デメリット

企業のメリット

企業側のメリットとしては、先ほどの通り人事評価と併せて運用することで、成果主義の組織風土を従業員に浸透させやすいことが挙げられます。「先期のあなたはこれだけ結果を出せたので、今期のあなたの年俸はこの金額」と示すことになるため、給与に対する納得感があります。実力・結果次第で自らが手にする報酬が変わることは、従業員のモチベーションを高める効果や、今の状況に満足せず向上心を持ち続けることも期待できます。
また、1年分の支給額を予め決定するため、他の給与形態よりも人件費の変動が少ないのもメリットのひとつです。収支計画の精度が向上し、より的確な経営判断を行うことにもつながります。

企業のデメリット

従業員に支払う給与額を1年分決めておくことは、見方を変えれば何か起きても簡単には給与額を変えられないということです。たとえば急激に経営環境が悪化した場合や、期中の個人業績が予想と大きく異なる場合でも、原則は期初に提示した額の支払いを行わないと、契約違反となる可能性があります。

また、詳しくは後述しますが、賞与や残業代の扱いが月給制に比べて分かりづらい(誤解が多い)点も年俸制の特徴です。十分に説明しないと従業員とのトラブルに発展するリスクがあり、丁寧なケアが必要です。

年俸制の従業員メリット・デメリット

従業員のメリット

働く個人としても、1年間の収入見通しが立つことは大きなメリットです。旅行や車の購入、自己研鑽のためのスクール受講など、ある程度まとまった資金が必要な買物・投資がしやすくなります。

また、成果主義と年俸制が連動している場合は、年功序列ではなく結果次第で大きな報酬を手にできるため、年次の浅い従業員にも公平性があり、モチベーションアップも期待できます。

従業員のデメリット

仕事の成果がすぐに給与に反映されるわけではなく、個人が努力をした時期とその結果が反映された報酬を受け取る時期にタイムラグが生じてしまいます。そのため、瞬間的に「頑張ったのに報われない」という気持ちになりかねない側面があります。

また、成果主義が強い年俸制の場合、給与は常に右肩上がりにはならず、人事評価によって上下する可能性があります。給与が下がるとそれが1年間続くことになり、大きくモチベーションを下げてしまうリスクも潜んでいます。

年俸制で賞与(ボーナス)は支給する・しない?

もともとの賞与(ボーナス)は、定期的に支給する義務のある給与とは異なり、年俸制であってもなくても、原則は企業が従業員に賞与を支払う法律上の義務はありません。業績が著しく悪化した場合などに、賞与の減額や支給を取りやめることがあるのも、そのためです。

ただし年俸制で注意が必要なのは、年俸額を14分割や16分割をして、その一部を月々の支払いとは別に支給している場合です。一般的には実質的な賞与として認識されていますが、正しくは年俸額の一部であり、企業の業績が悪化したとしても予め契約で決められた金額を支払う必要があります。本来の賞与と同じ感覚で賞与を削ると、賃金の未払いとなる可能性があるため注意しましょう。

年俸制で残業代は発生する・しない?

厚生労働省 東京労働局の年俸制に関して寄せられた質問への回答では、「年俸制は本来労働時間に関係なく、労働者の成果・業績に応じて賃金額を決定しようとする賃金制度」と説明されています。ただし、「労働基準法は労働時間の長さを規制しており、年俸制を導入した場合にも、実際の労働時間が法定労働時間を越えれば時間外手当を支払わなければならない」とされています。

出典:厚生労働省 東京労働局「年俸制の適用労働者の範囲は」

このことから、原則は年俸制であっても残業代は発生すると考えるのが大前提です。ただし、下記のように予め定めた年俸額を超えて残業代を支給する必要がないケースもあります。

固定残業代を支給しており、実際の残業時間が固定残業時間を超過していない

みなし残業手当とは固定残業手当とも呼ばれ、月30時間、月40時間といった具合に、想定される残業時間分の割増賃金を固定で支払う方法です。実際の残業時間がみなし時間内に収まっている限りは、労働時間に関わらず新たな賃金は発生しません。ただし、みなし時間を越えた分は別途残業代を支払う必要があります。

みなし残業については、以下の記事をご参照ください

【弁護士監修】みなし残業とは?導入方法や違法にならないポイントを紹介

管理監督者や機密事務取扱者

管理監督者とは、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」のことを指し、機密事務取扱者とは、役員秘書など機密事項を取り扱う人のこと。これらに該当する場合は、労働基準法において労働時間の規制を受けないため、労働時間が法定時間を超えても残業代を支払う必要がありません。ただし、管理監督者=管理職ではないので注意が必要です。「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にあること」が管理監督者に必要な要件であり、過去にはいわゆる「名ばかり管理職」にあたるとして、裁判所が残業代の支払いを命じた判例もあります。機密事務取扱者に関しても、経営者等と一体的かどうかが残業代有無のポイントです。

高度プロフェッショナル制度が適用されている

高度プロフェッショナル制度とは、成果が必ずしも労働時間とは結びつかない専門職に関して、労働時間の規制から除外する制度です。適用されるには、高度な専門性を有している職業である事に加えて、年収1,075万円以上という要件を満たす必要があります。今のところ金融系の専門職やコンサルタント、研究開発職などの5分野に限定されており、誰もが適用されるものではありません。

参考:厚生労働省「高度プロフェッショナル制度 わかりやすい解説」

年俸制の賃金の払い方

年度途中で入社した場合の給与計算

中途入社の場合は入社するタイミングが人によって異なります。個別に入社月から1年間の年俸額を設定しても良いのですが、そうすると人事評価のタイミングや給与変更の手続きなど、組織運営が煩雑になってしまうため、初年度は在籍期間に応じて年俸を決定し、翌年度から既存社員と同様に人事評価と年俸決定のタイミングを揃えることが一般的です。具体的には、ひとまず期初から1年間働くと仮定して年俸額を設定し、その金額から在籍前の日数(月数)分を控除します。

年度途中で入社する場合の計算例

例)年俸600万円で、年度が4月はじまりの企業に7月入社する場合
年棒600万円×(在籍9ヶ月÷12ヶ月)=初年度報酬450万円
※12分割して支給する場合として計算

年俸制の税金と社会保険料

各種税金や社会保険料は給与体系によらず発生するものです。月給制などと変わらず、企業は従業員に給与を支払う際にこれらを差し引いた額を支給し、企業が国や自治体に納付をします。また、給与体系によって料率が変わることもありませんので、年収が同じであれば基本的には徴収される額もほぼ同じになります。

ただし、社会保険料の計算に用いられる「標準報酬額」の上限が給与と賞与ではやや異なるため、年収が高額になるほど、年棒を給与とするか、一部賞与とするかによって一定の差が生じます。

合わせて読みたい/関連記事

労務管理
労務管理

休職とは?制度の策定方法、会社側の手続きを紹介

労務管理
労務管理

再雇用制度とは?雇用する際の注意点や給与など制度の詳細を解説

労務管理
労務管理

懲戒処分とは?<意味がわかる!>種類や該当する事例を解説

労務管理
労務管理

パワハラとは?定義とすぐに確認できる方法を解説