今や企業経営においてダイバーシティは欠かせない観点です。ダイバーシティを推進していくには、働き方改革をはじめさまざまな視点の取り組みが必要です。そこでこの記事ではダイバーシティの基礎知識から解説し、近年よく聞かれるようになった「インクルージョン」など取り組みの広がりについても紹介します。人材の多様性を高めるためのヒントもお伝えします。

ダイバーシティとは

ダイバーシティとは、異なる種類のさまざまな人やモノが同じところに存在している状態です。つまり、「多様性」を意味する言葉です。

では、人の多様性とは何を指すのでしょうか。ジェンダー・年齢・人種・国籍・文化など、人にはそれぞれ異なる特徴があり、独自の価値観を持っています。国・社会・組織といったある枠組みの中で、一人ひとりの個性が否定や排除されることなく尊重され、公平・平等に力を発揮できること。それがダイバーシティの目指す姿です。

ダイバーシティ経営・マネジメントとは

ダイバーシティ経営、ダイバーシティマネジメントとは、企業が事業成長を遂げるための手段の一つとして、戦略的に人材の多様性を推進していくことです。

もともと、ダイバーシティはアメリカにおける公民権運動や女性の社会進出を背景に広まった観点であり、個人の権利を守るための意味合いが強いものでした。やがて、社会のダイバーシティが進み多様な人々の個性が尊重されるようになると、ビジネス上の利点も大きいと考えられるようになります。

例えば、多様な人材を採用し彼らが活躍することは、社内に多様な視点を取り入れることにも繋がり、これまでは届かなかった人々に自社の商品・サービスを使ってもらうための新たなアイデアをもたらしてくれます。こうした効果が注目され、ダイバーシティ経営は広まっていきました。

近年、日本では国の政策としてもダイバーシティ経営の推進が掲げられており、経済産業省では「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義しています。

※出典:経済産業省「ダイバーシティ経営の推進」2021年3月

ダイバーシティとインクルージョンの違い

ダイバーシティといえば、女性活躍やグローバル人材の採用、障がい者雇用などを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、ダイバーシティ経営において気にすべきことは、性別・年齢・国籍・障がいの有無などだけではありません。ダイバーシティの推進は、以下の3つの観点で行うと良いでしょう。

属性の多様性

社会には依然として、性別・人種・国籍・障がいなどの属性が原因で本人の持つ能力が正当に評価されず、機会を逃している場合が多くあります。そのため、こうした属性による機会格差をなくしていくアプローチが必要です。昨今、国を挙げておこなわれてきた女性活躍推進は、その代表例です。

価値や能力の多様性

例えば、知識や経験など、さまざまな能力を持つ人たちが同じ組織に集えば、それだけ幅広い価値を生み出すことができます。それぞれの異なる能力を掛け合わせることでイノベーションの創出や、臨機応変な対応もしやすくなるでしょう。現代は社会が変化するスピードがこれまでよりも急速な時代です。そうした意味でも幅広い能力や価値を保有することは、企業の持続可能性を高めるために必要だと言われています。

※イノベーションについては、下記記事をご参照ください

イノベーションとは?意味・種類、成功企業の特徴や実現するための課題を解説

意見の多様性

いかに多様な人が集っても、それぞれの個性を活かした意見が言えなければ、企業は従業員の多様性を活かしているとはいえません。そのため、ダイバーシティの推進施策としては、単に多様な人材を採用・起用するだけでなく相互理解や受容を促進し、同じ組織の仲間として協働できる環境をつくることが重要です。

ダイバーシティの種類

近年のダイバーシティ推進において、「インクルージョン」という言葉が登場するようになりました。インクルージョンとは日本語で「包括」「包含」といった意味で、企業の取り組みにおいては「ダイバーシティ&インクルージョン」と併記して使われることが多くあります。インクルージョンが用いられるようになったのはなぜなのでしょうか。

従来のダイバーシティ推進では、それぞれの個性を発揮して活躍するところまで到達できずにいるケースが散見されました。単に組織内の多様性を高めるだけでは、それぞれの個性が理解されず、異なる属性の人たちの間で軋轢や対立構造が生じてしまう場合もあったのです。

こうした経緯から、今では多様な存在をただ認めるだけでなく、相互の理解と尊重を前提に、皆で一体となって企業活動に取り組んでいくという意味を込めて、「ダイバーシティ&インクルージョン」を掲げる企業が増えています。

日本企業でダイバーシティが重視されはじめた理由

日本においてダイバーシティ推進が進んでいるのは、アメリカのような個人の権利を守る目的の他に、深刻な社会課題も要因の一つです。それは、急速な少子高齢化による労働人口の減少。慢性的な人手不足に苦しむ業種・企業も増えている中で、抜本的に人手不足を解消するには、今まで以上に日本の労働市場に参加できる人を増やしていく必要があります。


政府は2016年4月に女性活躍推進法を施行するなど、企業に対して環境の整備を働きかけ、社会全体で動きが活発化。また、定年年齢の引き上げや人生100年時代の提唱も相まって、シニアが長く労働市場で活躍しやすい環境の整備も進み始めています。他にも、障がい者雇用や、グローバル化による外国人労働者の活躍推進といったテーマへの取り組みも広がっています。

※参考:厚生労働省「障害者雇用の促進に向けた支援策」2021年4月

※参考:厚生労働省「外国人労働者の現状」2019年

ダイバーシティを推進するための人事施策

当事者に直接働きかける

例えば時短勤務制度やリモートワーク・在宅勤務などによって働き方の選択肢を増やすこと。時間の制約を解消・緩和すれば、家族の育児・介護が必要な人など、多様な事情を抱える人が働き続けられるようになります。また、結婚・出産後の女性の離職に課題意識を持っていた企業では、女性を対象にしたキャリア研修を実施。結婚・出産後もポジティブな気持ちで働き続けることができるよう、意識変革に成功した事例もあります。このように、当事者が抱えている問題を把握し解消のために直接働きかけることは、ダイバーシティ推進の基本です。

上司のマネジメントを変える

一方で、どんなに当事者の制約を解消し、本人の意欲が高いとしても、上司の無理解・無遠慮なコミュニケーション・マネジメントによってモチベーションが下がり、キャリアを諦めてしまう場合も少なくありません。行き過ぎるとハラスメントに該当する場合があり、注意が必要です。そのため、企業が多様性を高める上では、各組織のリーダーがいかにダイバーシティの本質や当事者の境遇を理解しているかが大切です。

上司にしてみても、これまで自組織にいなかった人材をどう受け入れ・育て・活躍させていくかは未知の領域です。まだ手探り状態の人も多いでしょう。そのため、企業によっては定期的にマネジメント層向けにダイバーシティ研修を実施。多様な人材をマネジメントしていくためのコミュニケーションの取り方や評価の仕方などを身につけてもらうことも重要になっています。

職場全体の理解を促進する

同じ組織の人同士がそれぞれの違いを越えて協働していくことこそダイバーシティ&インクルージョンですから、当事者や上司だけでなく職場全体に向けた働きかけも欠かせません。企業によっては、研修やハンドブックを用意して理解促進に取り組む企業もあります。当事者だけの問題にせず、社内のさまざまな立場の人を巻き込み、同じ組織に所属する全員の問題として取り組んでいくことが求められています。

ダイバーシティを推進するためのポイント

アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)

例えば、「男性は家庭よりも仕事を優先するのが当たり前」「○○人は時間にルーズ」「お茶くみは女性の仕事」など。過去の経験や知識からステレオタイプな見方で決めつけてしまうことを「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」といいます。アンコンシャスバイアスは、知らず知らずのうちに言動となって表れてしまうもので、本人にも自覚がありません。

そのため、誰しもが偏ったものの見方をしたり、いつの間にか相手を傷つけてしまったりする可能性を自覚しておくことが大切です。ダイバーシティ研修のひとつとして、アンコンシャスバイアスを自覚し対処法を学ぶプログラムを取り入れる企業も増えています。

ケア(不利益から守る)

職場でマイノリティの立場にいる人々は、彼らの存在が考慮されずにつくられた職場環境や人事制度に不自由を感じている場合があります。また、それが原因で十分に能力を発揮できないにもかかわらず、マジョリティの論理にあてはめられ正当に評価されない場合もあります。こうした不利益を被ることがないようにマイノリティに不利なルールを撤廃し、不利益を被った場合は素早く救済していくことが必要です。ハラスメントの専用窓口を設けるといった、もしものときのセーフティネットを準備することも大切です。

フェア(公平・平等に運用する)

一方で、マイノリティの人々は特別扱いをされたいわけではありません。他の社員と同じように公平で平等な機会を求めていますし、一部の人だけ優遇される状態では組織としても健全ではないでしょう。そのため、人事施策を運用する上では多様性に配慮しながらも全員にとってフェアな状態を目指すことが重要です。例えばフルタイムと時短社員で評価に差をつける(評価が働く時間の長さで決まる)のではなく、仕事の成果で評価するなど、多様な立場の人たちを公正に評価できるような基準に見直すことも大切です。

また、リモートワークや在宅勤務制度などは、特定の属性の人だけを対象にするのではなく、全ての人に適用可能な運用にすることが理想です。それぞれの事情にあわせて誰もが多様な選択肢から選べる状態こそ、本質的な多様性の尊重だといえます。

ポジティブアクション(格差を是正する)

多様性を推進する施策は、「ケア」と「フェア」の2軸で進めることが基本ですが、極端な格差が生じている場合には、「ポジティブアクション」も必要だといわれています。ポジティブアクションとは、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている人たちに対して、一定の範囲で特別の機会を提供することで機会均等を実現する、暫定的な措置のこと。例えば、国が女性管理職比率などに達成目標を掲げているのもポジティブアクションの一つです。

日本の女性管理職比率が低いのは、男女で能力に差があるからではありません。社会や組織の構造的な問題が女性の管理職登用を阻んでいることがあり、これは個人の力だけでは簡単に乗り越えられないものです。だからこそ、敢えて意図的に男女比率の差を埋めることで従来の構造を変え、変革を促しているのです。極端な格差が生じている場合や、差別を助長する構造になっている場合など、不利益を早急に解消する必要がある場合は、ポジティブアクションに踏み切ることもポイントになるでしょう。

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