労働力人口の減少や人材獲得の競争激化といったビジネス環境において、人事部の重要性が増していくことが考えられます。いわゆる「人事」として人材の採用や育成を行うのはもちろん、経営戦略の実現に戦略的に関わる「戦略人事」と呼ばれる動きが必要とされているのです。
この記事では、「戦略人事」の定義や導入に向けた具体的な取り組み方法などを解説します。

戦略人事とは

戦略人事とは「戦略に適した人的マネジメントを行うことで、高業績の達成や企業戦略が実現される」と主張する「戦略的人的資源管理論(Strategic Human Resources Management)」に基づく人事管理の一般的名称で、自社の経営戦略の目標達成のために、経営と人的マネジメントの結びつきを強化して、人的資源を最大限に活用していく取り組みを指します。

これからの人事部門では、従来から行ってきた定型の管理やオペレーションを中心とした業務だけでなく、経営戦略を実現するために、積極的な経営参画を求められる戦略部門となることが考えられます。

経営戦略との関連性

経営戦略を実現するためには、それを実行できる人材と、保有能力を十分に発揮してもらうための環境整備が不可欠になります。人材確保と環境整備は人事の重要な仕事ですが、高度に実行するためには、自社の向かう方向性や経営戦略を十分に理解したうえで、先手を打った取り組みが必要になってきます。

変化が激しいビジネス環境では、意思決定や実行スピードが重視されますが、そのためには経営戦略の策定においても人事が積極的に関与していくなど、経営戦略と戦略人事の関連性を強化することが重要です。

人事戦略との違い

戦略人事と似た言葉として「人事戦略」があります。

「人事戦略」とは、人材の採用や配置、育成など人事に関わる業務全般を改革・改善し、組織の生産性を向上するための戦略を指します。

従来の人事業務の範疇で、より成果を上げるための取り組みが中心であり、企業の事業目標や計画達成への関わりが間接的であるという点で、経営戦略の実現に直接関わる戦略人事との違いがあります。

※人事戦略に関しては、以下の記事をご参照ください
人事戦略の立て方とは?進め方やメリットなど成功させる方法を解説

戦略人事に必要な4つの機能・役割

戦略人事を実施していくためには、以下の4つの機能が必要です。

(1)HRビジネスパートナー(HRBP)

これは、人事(HR)と経営トップや現場のリーダー(BP:ビジネスパートナー)との協働を実現していく機能です。

戦略実行のためには、経営トップの考え方を深く理解し、現場の実態やニーズを把握したうえで施策を検討することが必要です。経営トップから現場まで、各ビジネスパートナーとコミュニケーションを図りながら経営戦略に関わっていく役割となります。

※HRBPについては、こちらもご覧ください。
HRBP(HRビジネスパートナー)とは?役割と求められるスキルや導入方法を解説

(2)センター・オブ・エクセレンス(CoE)

CoEとは(Center of Excellence)の略で、人的マネジメントに関する高度なスキルや専門知識、情報などを持つ人事のプロフェッショナルとして、主に人事施策を具体的に検討する段階で戦略人事に必要な知見を経営トップや現場に提供して、その実行をサポートする機能です。

採用や配置、評価制度など人事の幅広い業務への対応が求められるため、その分野での豊富な経験を持った人材が担うことが必要と考えられます。

(3)組織開発・人材開発(OD ・TD)

ODはOrganization Development、 TDはTalent Developmentの略であり、組織開発とは、戦略を実行するための組織体制を構築する機能です。経営戦略を実現するための課題について、問題を顕在化・明確化して、人と人や組織同士などの相互作用によって課題の解決・改善を図ります。

人材開発は教育研修などを通じて、経営戦略を実現できるように個々の社員の能力や資質を引き出して成長を促す機能です。個人スキルやマインドに焦点を当てて課題解決を行います。

組織開発と人材開発は相互の関係性が深いため、両方の機能をバランスよく組み合わせて活用していきましょう。

(4)オペレーション部門

給与計算や労務管理、勤怠管理、異動手続き、採用プロセスといった、従来からの人事に関わる業務を、日常的に運用する機能です。戦略人事においても必須の基本機能であり、それぞれの業務を正確に、なおかつ効率的に処理することが重要です。

戦略人事のメリット

戦略人事の大きなメリットのひとつは、経営戦略と人的マネジメントを一体化させることによって、人的資源を活用するさまざまな経営施策をタイムリーに実行できることがあげられます。

従来の人事では、経営戦略との間に認識のずれや実行までのタイムラグが生じることがあり、環境変化に応じた経営戦略を実行する際のスピード感が失われるリスクがありました。戦略人事ではそうしたリスクを少なくすることが期待できます。

組織文化の醸成や個人の能力向上など、人事に関する改革の取り組みは、一般的に時間を要するものが多いといわれますが、これらの適正化・効率化が期待できることは、戦略人事のメリットと考えられます。

戦略人事の立て方

戦略人事は基本的に、次の5つのステップで実行します。

(1)経営戦略、企業ビジョンの理解

戦略人事の目的は経営戦略の実現であるため、まずは経営戦略やビジョンを再確認して理解を深める必要があります。

経営戦略の内容、課題や改善を要する点などを把握し、一貫性を持った戦略策定につなげるようにします。

(2)経営戦略を踏まえた人材ビジョンの策定

経営戦略の内容を踏まえ、それが達成されたときの社員の状況を想定して、人材に関するビジョンを作ります。

目標達成のために必要なスキルなどから、望ましい人材像を定め、さらにそこで必要な人員数なども検討、確認していきます。さまざまなデータや長期的な予測なども参考にしながら検討を進めていきます。

(3)中長期の経営計画を把握、理解

中長期の経営計画を把握し、その期間での企業目標を理解したうえで、人的資源のニーズや人事に関連する取り組み内容を明確化していきます。

それに加えて、より長期的な経営ビジョンも把握、理解し、将来に向けて準備が必要な事柄を明らかにしていきます。将来像からの逆算によって、現状で必要な人事戦略をより明確にすることが可能になると考えられます。

(4)把握した計画と人材ビジョンをもとにした中長期人事計画の策定

把握した経営計画と人材ビジョンを踏まえて、中長期の人事計画を策定します。経営計画の内容に基づいて、今後どのような人材を、いつまでに、何名確保する必要があるのかを分析し、中長期の視点で計画に落とし込んでいきます。将来的に必要とされる人材を早期に明確にしていくことは、経営戦略を実現していくための重要な取り組みです。

(5)人事計画の具体化と採用・人材育成計画の策定

中長期の人事計画をさらに具体化して、採用活動や人材育成に関する計画を策定します。採用活動に関しては、経営計画を実現するために必要な人材要件や人数、実施スケジュールなど、人材育成に関しては、経営戦略を実践するために習得を要するスキルや実施内容、期間などを計画していきます。

必要な人材をいつまでに何名採用して何名育成するのか、それぞれの実施方法や期間などを具体化しておくことが必要といえます。

戦略人事の導入が難しい理由

一方で、戦略人事には大きなメリットが期待される反面、実際の導入にあたっては難しさがあります。ここでは、主に3つの側面から、難しい理由を確認していきます。

(1)経営的な側面

戦略人事は、経営戦略との関連性が深い取り組みであるため、経営戦略が先に示されている必要があります。戦略が存在していなかったり、提示されていても不十分な内容であったりすると、導入してもうまくいかない場合があります。

また、経営陣のなかで戦略人事に対して懐疑的・理解が不十分な人物がいるような場合、人事からの提言が受け入れられない可能性があります。

経営陣が戦略人事の重要性を理解したうえで、経営戦略とのすり合わせを十分に行うことが重要になります。

(2)人事的な側面

明確な経営戦略があったとしても、人事部門が戦略人事の重要性を理解していないと、そこから具体的な人事の施策を作っていくことは難しいといえるでしょう。

また、人事部門が戦略人事の重要性を理解していたとしても、要員不足などで既存業務の実行に支障が出るような場合は、導入がうまくいかない可能性があります。

人事部門の戦略人事に対する理解が不足している場合は、まず部門内での意識改革を進める必要があるほか、既存業務に加えて戦略人事を導入するだけのマンパワーが不足しているのであれば、適正な人員の確保が必要になるといえそうです。

(3)従業員の側面

戦略人事は組織全体の運営を変革する取り組みであるため、個々の従業員の処遇や働き方、キャリアなどにも影響を及ぼす可能性がありますが、この変化を従業員が否定的に捉えてしまうことで、戦略人事の導入を難しくする可能性があります。

このあたりは、従業員に変化を嫌う保守的な傾向がある場合と合わせて、旧来からの経営慣行や組織風土などが影響することもあり得ます。

従業員には戦略人事を導入する必要性と合わせて、もたらされるメリットなども説明し、戦略人事への肯定的な理解を深めてもらうことが必要になるといえます。

戦略人事を行うために必要なこと

戦略人事を行っていくにあたり、必要な項目を以下にあげておきます。

(1)外部環境を適切に把握する

戦略人事が経営戦略と一体となった取り組みであることから、人や組織など人事に関わる範疇にとどまらず、自社が属する業界全体や国全体、さらにグローバルも含めた市場環境や経済状況などを、経営的な視点で捉えることが求められます。自社商品やサービスの競争力、顧客ニーズの状況や変化などの外部環境を適切に把握し、そこから中長期的な視野を持って自社の戦略を組み立てていくことが必要になります。

(2)企業目標、経営戦略を明確にして理解する

戦略人事の導入にあたっては、企業の中長期的な目標や戦略を明確にして、その理解を進めることが重要になります。

目標や戦略があいまいでは、効果的な施策を打ち出すことが難しくなり、取り組みが適切なのか、効果的なのかといった評価も行いづらくなってしまいます。

戦略人事においては、企業目標と経営戦略を明確にし、特に人事はその内容をしっかりと理解しておくことが必要といえるでしょう。

(3)従業員の状況を把握し、現場からの信頼を得る

戦略人事は経営戦略を実現するための取り組みであるため、場合によっては経営側の立場に傾きがちな一面があります。しかし、その対象となる従業員の気持ちやモチベーションに配慮しなければ、戦略的な取り組みを進めることが難しくなると考えられます。
そのため、人事は経営陣と従業員のつなぎ役となり、現場と協働しながら、現場の信頼を得ていくことが、戦略人事を進めていくために重要です。

働いている従業員の状況を把握し、モチベーションを高められるような施策を打ち出すなど、現場に寄り添って信頼を得ていく姿勢が必要となります。

(4)取り組みの整合性を図る

戦略人事の取り組みは、組織全体に関わるものですが、このなかで関係者間の認識が統一されておらずに、計画や実施する施策などの取り組みが整合していない状況に陥ってしまうと、組織が混乱して取り組み自体がうまくいかなくなる可能性があります。
戦略人事における取り組みでは、全体の状況を常にチェックしながら、整合性を図ることを意識し、ずれや食い違いが生じそうなときには修正できるようにしておくことが必要と考えられます。

(5)人的マネジメントの成果に関する評価指標を定めておく

戦略人事の取り組みを進めるなかで、その成果についてはさまざまな捉え方が出てきます。そのため、成果に関しての評価指標を事前に定めておくことが必要だといえます。
経営戦略を踏まえた従業員の人数や質の充足状況、従業員満足度やモチベーション向上の状況、必要な活動の実施状況など、人的マネジメントを実施した成果に対する評価指標を定めて検証することで、共通認識がなされた活動が行われているかを確認することができるようになり、以降の取り組みにその結果を活かすことが期待できます。

(6)戦略に関する説明を十分に行う

戦略人事では、自社の戦略に沿って採用や異動などの人事権を行使するための強い権限が与えられています。しかし、戦略に対する理解がされていないと、これらの権限の行使に対しても理解を得られずに、特に従業員から不満や不信感を持たれてしまう恐れがあります。

経営方針や経営戦略と、それに基づく戦略的な人事施策については、主に人事が従業員に対して十分な説明を行い、取り組みへの理解と協力を促すことが必要です。

実際の戦略人事の企業事例

(1)オムロン株式会社

オムロン株式会社は、制御機器、ヘルスケア、社会システム、電子部品など多岐にわたる事業をグローバルで展開する企業です。企業理念を軸に事業を通じて社会的課題を解決することでよりよい社会の実現を目指しており、この企業理念の実践を進める仕組みとしてTOGA(The Omron Global Awards)が設計されました。TOGAは、日々の仕事における企業理念実践の物語をグローバル全社に共有することで、オムロンの強みの源泉である企業理念に対する共感と共鳴の輪の拡大を促す取り組みです。社員自らが社会的課題の解決に向けた目標を立てて、企業理念実践にチャレンジし続ける風土の醸成を狙いとしており、毎年多くのテーマがエントリーされています。

昨年4月にスタートした長期ビジョン「Shaping the Future 2030」では、「会社と社員が、“よりよい社会をつくる“という企業理念に共鳴し、常に選び合い、ともに成長し続ける」を人財戦略ビジョンに掲げています。企業理念の実践をつうじて、社会的課題の解決を志す、スペシャリティを備えた多様な人財が集い、一人ひとりが主体性を持って能力を発揮する集団であり続けられる人財戦略をグローバルに実行しています。 

参考:株式会社オムロン「The Omron Global Awards(TOGA)」

(2)日清食品グループ

食品製造大手の日清食品グループでは、常に新しい食の文化を創造し続ける「食文化創造集団」として、環境・社会課題を解決しながら持続的成長を果たすことによって、グループ理念である「EARTH FOOD CREATOR」の体現を目指しています。中長期成長戦略においても、「戦略を支える人材/組織基盤の変革」を重要テーマとして掲げ、戦略を実行し、新しい食の文化を創造し続けるイノベーティブな組織を実現することを目標としています。その実現のためのマイルストーンとして、現業務のより一層の生産性向上と、それにより生まれる余力を創造人材の育成や創造活動に傾けられるよう、各部門の職務や各ポストに必要となるスキルを言語化・可視化しています。職務やスキルの可視化により適所適材を実現していくことで、より効率的な組織運営や人材育成につなげ、日清食品グループの強みでもある創造活動により注力できる環境をつくり、創造人材の強化につなげていくための活動を進めています。

また、社員の自律的なキャリア形成を支援して健全な社内競争を生み出し、創造を誘発しやすい組織風土を醸成することを目的に、企業内大学「NISSIN ACADEMY」を設立しました。全社員対象の研修や自己啓発支援制度、経営者候補・各部門のリーダー候補育成のための選抜研修など、経営戦略を反映した人材育成を実施しています。

参考:日清食品グループ「HR STRATEGY 人材戦略」

参考:日清食品グループ「人材への取り組み」

ここまで見てきた通り、戦略人事にはさまざまなメリットがあります。しかし、効果を得るためには難しさもあり、必ずしも効果的とはいえない事例を目にすることがあります。

現行業務の改善や効率化を図ることが中心となる従来の人事と異なり、戦略人事では与えられたミッションを遂行するだけでなく、組織全体のミッションに関わって、経営や事業に主体的に働きかけていくことが求められます。

関連する範囲は多岐に渡り、実現までに時間を要するテーマも多いと考えられますが、うまく機能させることができれば、組織全体の強化につなげることが期待できます。まずは自社の状況を見極め、できることから始めていくことが望ましいでしょう。

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