変化が激しいビジネス環境下で、業務の効率化や情報の有効活用のために、ITの重要性が認識されてきています。しかしそこで主要な役割を担うIT人材の育成やキャリア形成などは、長年の課題でした。その対応策として整備されたのが、IT人材に共通のスキル体系である「ITSS」です。この記事では、ITSSの概要や活用のメリットなどを解説します。

ITSS(ITスキル標準)とは?

ITSSとは、「IT Skill Standard」の略称で「ITスキル標準」とも呼ばれます。ITに関する能力を評価する指標です。
IT領域でのサービス提供のために必要なスキルを11職種に分類し、それぞれの能力に応じたレベルを7段階で設定しています。

2002年12月に経済産業省から公表され、現在は「独立行政法人情報処理推進機構(IPA)ITスキル標準センター」に管理が移管されて現在に至っています。

ITSSと他のITスキル標準の違い

IT人材に関するスキル標準は、ITSS以外にもいくつかのモデルが存在しています。ITSSと他のスキル標準との違いを以下で説明します。

UISS(情報システムユーザースキル標準)

UISS(情報システムユーザースキル標準)とは、「Users’ Information Systems Skill Standards」の略で、一般企業がITを活用する際に、整備が必要になるシステム機能と、それを扱う人材スキルを体系化したものです。

ITSSは主にITベンダーの視点で策定されているのに対し、UISSはユーザー企業の情報システム部門などの人材を対象としている点が異なっています。
ユーザー企業のシステム担当者が担う業務が定義され、各業務を4段階のレベルで評価できるように整理されています。
ITSSと同様に、高度なIT技術者育成のための指標として活用されています。

ETSS(組み込みスキル標準)

ETSS(組み込みスキル標準)とは、「Embedded Technology Skill Standards」の略で、組み込み系ソフトウェア開発に必要な技術を体系化して、共通の基準を定義したものです。
人材育成のための要素を「スキル基準」「キャリア基準」「教育研修基準」の3つに分類して体系化しています。
対象が組み込み系ソフトウェア開発技術者に限定されている点が、ITSSとの違いになります。

CCSF(共通キャリア・スキルフレームワーク)

CCSF(共通キャリア・スキルフレームワーク)は「Common Career Skill Framework」の略で、IT関連業務にかかわるあらゆる人材について、必要な素養を「タスクモデル」「人材モデル」「スキルモデル」の3つに整理し、それぞれの連携を構造化したものです。

これまでは人材育成の検討や見直しを行う際に、各スキル標準を別々に管理しなければなりませんでしたが、CCSFにより、ITSS、ETSS、UISSの各スキル標準が抽出可能なモデルとして位置付けられたことで、自社の戦略に合わせて必要なスキル標準を自由に組み合わせて活用できるようになりました。
CCSFから参照されるモデルの一つがITSSという位置付けになります。

ITSSが策定された目的

ITSSが策定された目的は、昨今のビジネス環境の変化におけるIT技術の急速な発達により、高度な専門性を持ったIT人材が求められるようになったことがあります。

1990年代以降、急速にIT産業が発展していくなか、ITが社会的基盤に占める範囲は広がり、企業経営とITの関係も深まっていきました。それにともない、さまざまな企業で高度IT人材の育成が急務とされ、当時の国家戦略の重点課題の一つに挙げられました。
そのような背景のもと、効果的に人材育成を行うためには、キャリアパスや到達レベルごとに身につけるべきスキルが標準化され、明示される必要がありましたが、当時は客観的で実用性があるスキル指標がありませんでした。
そのため、IT企業が共通で使えるモデルとして策定、提供されたのがITSSとなっています。

ITSSにおける11の職種

ITSSでは、IT系エンジニアが活動する専門領域を11職種に分類しています。その業務の概要は以下のとおりです。
参考:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「ITスキル標準はやわかり-人材育成への活用-(V3 2011対応版)」(2012年7月2日)

(1)マーケティング

IT系エンジニアに求められるマーケティングとは、多様化する顧客ニーズへの対応のため、市場動向を分析、把握し、ビジネス戦略や計画を企画および立案して実行することです。戦略の投資効果、新規性、顧客満足に対する責任を担います。

(2)セールス

顧客の経営方針に沿った課題解決や改善、ソリューションなどの提案を行って成約につなげることです。顧客と良好な関係を築き、満足度を高めることも業務に含まれます。

(3)コンサルタント

顧客のビジネスに対する提言・助言を通じて、IT投資などの経営判断、意思決定を支援します。提言による効果や顧客満足度、実現可能性などへの責任を担います。

(4)ITアーキテクト

ハードウェア、ソフトウェアの関連技術を活用し、顧客の戦略実現のための高品質なITアーキテクチャを設計します。ソリューション構成の確認や技術リスクの影響などに関する、事前評価も行います。

(5)プロジェクトマネジメント

プロジェクトの提案、立ち上げ、計画、実行、終結までを監視コントロールし、納入物やサービスについて、品質や納期、コストなどを管理する役割を担います。

(6)ITスペシャリスト

ITの専門技術を活用して、顧客に最適なシステム基盤の設計、構築、運用保守などを行います。

(7)アプリケーションスペシャリスト

アプリケーション開発に関する技術を用いて、業務上の課題を解決するためのアプリケーション設計、開発、構築、導入、テストおよび保守を実施します。構築したアプリケーションの品質に関する責任を担います。

(8)ソフトウェアデベロップメント

ソフトウェアエンジニアリング技術を活用して、マーケティング戦略に基づいたソフトウェア製品の企画、設計、 開発を行います。上位レベルでは、ソフトウェア製品にかかわる戦略立案やコンサルティングなども行います。

(9)カスタマーサービス

ITに関する専門技術を活用し、顧客のシステム環境に合致したハードウェアやソフトウェアの導入、カスタマイズ、保守、修理を行います。顧客のシステム基盤管理やITインフラの設計、構築、導入、運用を行い、その品質に責任を持ちます。

(10)ITサービスマネジメント

システム運用関連技術を活用してサービスレベルの設計を行い、その維持向上のための情報収集や分析など、システムの運用管理を行います。運用リスク管理の側面から、システムの安定稼働に責任を持ちます。

(11)エデュケーション

ITに関する研修カリキュラムや研修コースの策定、運営を実施します。ユーザーのスキル開発要件を踏まえ、ITに関する専門技術を活用して、研修カリキュラムの設計、開発、運営、評価など、人材育成全般を担います。

ITSSが規定する7段階のレベル

ITSSでは、前項で紹介した11職種に対して、7段階のレベルが設定されています。レベルの評価は、達成度指標による経験・実績で評価することを基本とし、そのレベルで業務を遂行するために最低限必要な能力を持っているかどうかで評価します。

各レベルの定義は以下のとおりです。

レベル1

IT企業の新入社員や実務未経験者などが該当するエントリーレベルに位置付けられます。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)では、「情報技術に携わる者に最低限必要な基礎知識を有する。スキル開発においては、自らのキャリアパス実現に向けて積極的なスキルの研鑽が求められる。」と定義しています。

レベル2

一定範囲であれば独力での作業もでき、ミドルレベルに位置付けられます。
「上位者の指導の下に、要求された作業を担当する。プロフェッショナルとなるために必要な基本的知識・技能を有する。スキル開発においては、自らのキャリアパス実現に向けて積極的なスキルの研鑽が求められる。」と定義されています。

レベル3

高度IT人材の入り口として、ミドルレベルの上位に位置付けられています。
「要求された作業を全て独力で遂行する。スキルの専門分野確立を目指し、プロフェッショナルとなるために必要な応用的知識・技能を有する。スキル開発においても自らのスキルの研鑽を継続することが求められる。」と定義されています。

レベル4

高度IT人材のなかではハイレベルに該当します。
「プロフェッショナルとしてスキルの専門分野が確立し、自らのスキルを活用することによって、独力で業務上の課題の発見と解決をリードするレベル。社内において、プロフェッショナルとして求められる経験の知識化とその応用(後進育成)に貢献しており、ハイレベルのプレーヤとして認められる。スキル開発においても自らのスキルに研鑽を継続することが求められる。」と定義されています。

レベル5

高度IT人材のなかで、ハイレベルの上位に該当します。
「プロフェッショナルとしてスキルの専門分野が確立し、社内において、テクノロジやメソドロジ、ビジネスを創造し、リードするレベル。社内において、プロフェッショナルとして自他共に経験と実績を有しており、企業内のハイエンドプレーヤとして認められる。」と定義されています。

レベル6

高度IT人材のスーパーハイレベルに該当します。
「プロフェッショナルとしてスキルの専門分野が確立し、社内外において、テクノロジやメソドロジ、ビジネスを創造し、リードするレベル。社内だけでなく市場においても、プロフェッショナルとして経験と実績を有しており、国内のハイエンドプレーヤとして認められる。」と定義されています。

レベル7

高度IT人材のなかでも最も高い、スーパーハイレベルの上位に該当します。
「プロフェッショナルとしてスキルの専門分野が確立し、社内外において、テクノロジやメソドロジ、ビジネスを創造し、リードするレベル。市場全体から見ても、先進的なサービスの開拓や市場化をリードした経験と実績を有しており、世界で通用するプレーヤとして認められる。」と定義されています。

引用:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「ITスキル標準はやわかり-人材育成への活用-(V3 2011対応版)」(2012年7月2日)

ITSSと情報処理技術者試験の各種資格

ITSSに対応する試験として、管理主体であるIPAが実施しているのが「情報処理技術者試験」です。ITSSと各資格との関係性の概要は以下のとおりです。

【ITSSレベル1】ITパスポート試験

情報処理技術者試験のなかでは、最も基礎的なIT知識を網羅した資格です。ITを利用する人を幅広く対象としており、初心者、初級者向けの資格とされています。

【ITSSレベル2】基本情報技術者試験(EF)

基本情報技術者試験は、対象を「高度IT人材となるために必要な基本的知識・技能を持ち、実践的な活用能力を身に付けた者」(※)としており、IT業界ではエンジニアの基礎資格として認識されています。プログラミングに関する知識も問われるため、その設計や開発、テストなどの経験がある技術者向けの資格です。
※引用:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「基本情報技術者試験(FE) ~ ITエンジニアの登竜門 ~」

【ITSSレベル3】応用情報技術者試験(AP)

応用情報技術者試験は、対象者を「高度IT人材となるために必要な応用的知識・技能をもち、高度IT人材としての方向性を確立した者」(※)としており、数年間の経験を積んだIT技術者が該当する資格です。高度技術者への入り口といった位置付けでとらえることができます。
※引用:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「応用情報技術者試験(AP) ~ ワンランク上のITエンジニア ~」

【ITSSレベル4】その他高度試験

上記の応用情報技術者試験に合格した者が、次に目指す試験としては、「ITストラテジスト試験」「システムアーキテクト試験」「プロジェクトマネージャ試験」「ネットワークスペシャリスト試験」「データベーススペシャリスト試験」「エンベデッドシステムスペシャリスト試験」「ITサービスマネージャ試験」「システム監査技術者試験」などがあります。
各分野の専門的な実務能力や実績が求められる試験として認知されています。

新たに作成されたITSS+(プラス)とは?

ITSS+(プラス)は、第4次産業革命に向けて必要とされるIT人材の育成を目的に、新たに策定されたスキル標準です。
ITSSと同様に経済産業省によって策定され、これまでの領域に加えてデータサイエンス領域、アジャイル領域、IoTソリューション領域、セキュリティ領域といった新たな領域が展開されています。

IT人材が新たに必要とされるスキルを強化すると同時に、既存のIT人材が学び直す際の指針とすることも目的とされています。

ITSSを組織で運用する際のポイント

ITSSを組織内で運用する際に理解しておきたいポイントについて、2つを例としてご紹介します。

活用目的を明確にする

自社の経営戦略や人材育成方針などに基づき、ITSSをどのように活用するのか、その目的を明確にします。
たとえば、ITSSを指標として「社員の現状の保有スキルを把握して要員配置を効率化する」「育成計画を立案、実行する」「社員のキャリア形成の指針とする」など、目的を具体的にすることが、導入成功に必要な要素といえるでしょう。

継続的な運用を行う

ITSSによってスキルの現在地や目指すべきゴールなどを具体化できるようになったとしても、それを一時的に把握するだけでは不十分です。継続的に運用し、個人スキルの定期的な把握と、その内容に基づく人材マネジメントに活かしていきましょう。
そのためには、主管する部門や担当者を明確にしておく、仕組みを整備するなど、継続的に運用しやすい環境を整えることが必要でしょう。

ITSSを活用した人材育成について

ITSSを活用した人材育成を行ううえで、ポイントとなる項目を2つ取り上げて説明します。

経営戦略に基づいた人材育成方針の策定

人材に関する戦略は、企業の経営戦略のなかでも重要な位置を占めますが。ITSSを活用して効果的な人材育成を行っていくためにも、自社の経営戦略に合わせた人材戦略、人材育成方針などを明確にしておく必要があるでしょう。
将来の事業展開に対してどのようなスキルを持った人材が必要なのか、どのくらいの過不足があるのか、社外から採用するのか社内で育成するのかなどを想定、計画し、その内容を人材育成方針や育成計画に反映していくとよいでしょう。

研修ロードマップを活用した計画的な育成を行う

ITSSでは、スキルと知識を習得していくための「研修ロードマップ」が策定されています(※)。
※参考:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「研修ロードマップとは?」

これを活用して各人の中長期的な育成計画を作成することで、現状把握しやすくなったり、当面の目標設定や育成施策が立てやすくなったりといった効果が期待できます。計画的な人材育成のために、「研修ロードマップ」を活用していきましょう。

ITSSはエンジニアのスキルを客観的に把握し、人材育成などに活用する上で有効な指標です。しかし、あくまで標準として定められた指標であり、すべての企業、エンジニアに適用できるとは限りません。
ITSSを有効に活用していくためには、それぞれの企業が自社の戦略や事業方針に沿って仕組みを整備し、実情に合わせた運用を継続する必要があります。
IT人材の効果的な育成のために、ITSSを上手に活用していきましょう。

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