転職エージェント トップ > 転職成功ガイド > 特別インタビュー 階段を一歩上るとき > 冒険家  三浦雄一郎

・階段を一歩上るとき
・冒険家
・三浦雄一郎
・オンリーワンへの挑戦はあくなき好奇心が武器となる

  • エベレストに親子同時登頂を遂げる
    エベレストに親子同時登頂を遂げる
    次男の豪太氏と日本人初となるエベレスト親子同時登頂を遂げる。80歳でのエベレスト登頂も、加齢制御学(アンチエイジング)の研究を続けている豪太氏と共に挑む。

    人生はいつでも「今日がはじまり」

    ところが、57歳で世界七大陸最高峰全峰からの滑降に成功した後、僕は目標を見失ってしまいました。精神的にも体力的にもガクッと落ちて、太ったメタボ体型になってしまったんです。

    その頃、父である三浦敬三が99歳でモンブラン滑降を計画していました。90歳を越えて3回も骨折していて、ふつうそんな状態になったら、危ないからやめようとなるわけですけど、あきらめずに見事モンブランを滑ったのです。父のリハビリの様子を見ていた僕は、「人間いくつになっても夢をあきらめなければ成し遂げられるんだ」と実感しました。「自分も人生このまま終わってなるものか」と再び情熱が沸き起こりました。

    思いの強さがあれば、あとは努力をするかしないかに尽きる。焦らずに「いつでも今日がスタート」と思って、またゼロから進んでいけばいいのだと、僕は5年をかけてトレーニングしました。そうして70歳のときにエベレストに登頂できたのです。その後も75歳で再び登頂に成功し、今は80歳で3度目のエベレスト挑戦を目指してトレーニングしています。

    20歳の人が8000m級の山に行くと90歳の身体能力に落ちてしまうんですが、僕は80歳だからプラスして150歳くらいに加齢されるんじゃないでしょうか。人間の生存不可能な次元に入っていかざるを得ないのですが、それをどう超えるかという好奇心に突き動かされています。最後の最後まであきらめずに、人類の新しい分野のフロントランナーとして挑むことが僕の生きる原動力になっています。

    70
  • 掲げた旗印を降ろさない生き方

    誰にでも失敗はつきものだし、上手くいかないこともあります。どんなに入念に準備しても、予定は狂うし怪我はするし、限界まで追いつめられることなんてしょっちゅうです。特に頭脳の仕事をする人は売り上げだ営業だって波があるかもしれませんね。そんなときは、目標だからといって根を詰めすぎず、夜に軽く走ったり、適度に休みと遊びを入れたりしながら気分転換してはどうでしょうか。

    でも、そうしながらも、絶対に掲げた旗印、夢はあきらめないでほしい。夢に向かう道というのは様々な方向に伸びていて、正しいと信じてやって壁に突き当たったとしても方向転換すればいい。出口の方向には必ず光があるから、一度原点に戻ってみて光があるほうへ進んでいくんです。

    幼少の頃、僕は体がとても弱くて学校を休みがちでした。もし体が丈夫で100mを素晴らしいタイムで走れたら、違ったことをやっていたかもしれない。でも身体的に恵まれていなかったからこそ、誰もやっていない細かな隙間を見つけて突き詰めることができたんです。どんな分野であれ、まだだれもが気づいていない、やっていない挑戦が必ずあります。僕が今までやってきたのは好奇心でそれを見つけること。80歳になってもう一度エベレストを登るのだって、誰もが「そんなバカなことを」と言って挑戦する人がいなかったから。ものの見方、考え方を変えるだけで、いくつになってもチャレンジできるし、クリエイティブに生きられるんです。

「三浦雄一郎」の階段と足跡

  • 26歳
    オリンピックの夢破れ、スポーツ用品のセールスや登山者の荷物担ぎをしながら10年近い下積み生活を送る
  • 32歳
    イタリア・キロメーターランセで世界記録樹立。同時に世界で最も速い速度で転倒して無傷で生還する記録樹立
  • 38歳
    エベレストでの記録映画〈THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST〉がアカデミー賞を受賞する
  • 70歳
    次男とともにエベレスト登頂、当時の世界最高年齢登頂記録(70歳7ヶ月)を樹立しギネスに掲載される
  • 80歳
    2013年春、「人類史上初となる80歳でのエベレスト登頂」へ挑む。2度の心臓手術も乗り越えた
三浦雄一郎

三浦雄一郎Yuichiro Miura

1932年、青森県生まれ。64年イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加、当時の世界新記録樹立。66年富士山直滑降。70年エベレスト・サウスコル8,000m世界最高地点スキー滑降(ギネスブック掲載)を成し遂げる。85年世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成。2003年70歳にてエベレスト登頂を成し遂げ、08年75歳にして2度目のエベレスト登頂を果たす。クラーク記念国際高等学校校長
、株式会社ミウラ・ドルフィンズ代表取締役、全国森林レクリエーション協会会長、NPO法人グローバル・スポーツアライアンス理事長他。アドベンチャー・スキーヤーとしてだけでなく、行動する知性人として国際的に活躍中。記録映画、写真集、著書多数。

特別インタビュー 階段を一歩上るとき

  • 和田裕美
    和田裕美
    株式会社ペリエ代表取締役
    2012年7月12日更新
  • 工藤公康
    工藤公康
    野球解説者
    2012年9月27日更新
  • 堀義人
    堀義人
    グロービス経営大学院学長
    2013年2月28日更新
  • 南場智子
    南場智子
    株式会社ディー・エヌ・エー取締役 ファウンダー
    2013年6月20日更新
  • 糸井重里
    糸井重里
    「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰
    2013年9月19日更新

最新の転職マーケットを熟知したキャリアアドバイザーがあなたの状況に合わせて、転職をサポートします。

転職支援サービスに申し込む【無料】