転職エージェント トップ > 転職成功ガイド > 特別インタビュー 階段を一歩上るとき > ソムリエ  田崎真也

・階段を一歩上るとき
・ソムリエ
・田崎真也
・自分なりの「プロフェッショナル」を極めよう

  • 日本人初、世界最優秀<br>ソムリエコンクール優勝
    日本人初、世界最優秀
    ソムリエコンクール優勝
    11年余りの厳しいトレーニングを積んで優勝。膨大な知識はもちろん、ワインの味や香りは文字や画像に置き換えてインプットしていった。

    長い道のりは優勝の瞬間の感動を励みに

    世界大会を目指すと決めてから、優勝まで11年間もかかりました。その間、ずっとストイックなトレーニングの連続。とことん勝つための研究をしました。世界大会の予選落ちも2度経験して、「ここまでやって予選落ちとは、どこまで極めればいいんだ」とあきらめかけたこともありました。なぜ、それほど辛いトレーニングを続けられたのかというと、優勝者発表のアナウンスが流れる一瞬の感動のため。辛くなるとそのシーンを思い浮かべては気を取り直すことを繰り返し、乗り越えました。勝つためにはそういう精神力と意外と単純な動機が必要なのかもしれません。

    あきらめなかったもうひとつの理由は、国内大会の優勝前後で大きく周囲が変わった経験をしたので、世界大会で優勝すれば、想像がつかないことになるはずだという確信です。結果を出せば世界が変わるということです。しかし、それまでフランス人以外の優勝者はひとりもいなかった。優勝できる保証なんて全くなく、自分の将来設計を描く余裕もないまま没頭して挑戦を続けるうち、自分も気づけば37歳。2000人を前にした公開審査が取り入れられた東京大会での参加を最後と決め、ここで入賞できなければ、ソムリエもこの業界も辞めようと覚悟を決めました。

    結果、参加国の中でもっともワイン消費量が少ない日本人の僕が優勝。思った通り、世界が変わりました。僕は世界のワイン関係者から一目置かれる存在となり、それまで生産者から情報をもらって、フランスで育まれたワインと料理の食文化を日本に伝える役割だったのですが、優勝してからは、日本の食文化のあり方を世界に伝えることが求められるようになりました。自ら新しい文化を発信する立場になったんです。そして僕は高級フランス料理店に拠点を置くのではなく、日本ならではの「居酒屋」から情報発信をしていくべきだと考え、自分で居酒屋をオープン。「おしんこやめざしをつまみながらワインを」というスタンスに決めました。実際の店舗の運営だけでなく、日本の食卓でワインを提案していく本を毎年6~7冊は書くようになりました。

    37
  • 世界一を獲得後、ライフスタイルを転換

    世界一になり、その後も走り続けていましたが、40歳を過ぎてから、人生の折り返し地点にたどりついたような気がしました。そこで、それまでの仕事ばかりの生活を、休暇を定期的に取るような生活に変えました。時間に余裕ができると、自然と「仕事」や「人生」について考えるようになりました。そんな中「仕事自体は人生でもなんでもなく、より良い人生を送るためのプロセスなのではないか」と思うようになったんですね。

    振り返ると、16歳のときに新島のスナックでお客様から「ありがとう」と言われた喜びから始まり、そう言われる仕事を続けていこうという気持ちがベースにありました。試行錯誤しながら結果的にソムリエという職業を選びましたが、僕の原点は常にそこにあります。

    どんな職業でもお金を稼ぐということですから、払ってくださる方がいるわけです。その払う方から「ありがとう」と言われる仕事がプロフェッショナルとなりえるのだと思います。そして、プロになるためには、ひとつの仕事に関わった時間ではなく、内容が重要です。日々の仕事をただこなすだけでは時間が非常にもったいない。普段から、自分なりにプロと言える仕事をしているかを考えながら、目標に向けて努力していくようにしましょう。

「田崎真也」の階段と足跡

  • 16歳
    新島にて泊まり込みの夏休みのアルバイトでスナックを任される。
  • 19歳
    ワインの勉強のためにアルバイトで渡航費を貯めて渡仏。
  • 25歳
    第3回全国ソムリエ最高技術賞コンクールで優勝、タイトルの力を実感する。
  • 37歳
    第8回世界最優秀ソムリエコンクールで日本人として初優勝。
  • 40歳
    仕事とトレーニング漬けの生活から、十数年ぶりの休暇で石垣島を訪れ、釣りを再開。
田崎真也

田崎真也Shinya Tasaki

1958年3月21日生まれ、東京都生まれ。料理人を目指して転職を繰り返し、19歳から2回渡仏、ワイナリーを訪ね歩き、ソムリエスクールを卒業。帰国後83年、第3回全国ソムリエ最高技術賞コンクールで優勝。95年、第8回世界最優秀ソムリエコンクールで日本人として初めて優勝。著書に『「和」の食卓に似合うお酒』(中央公論新社)、『ブレない男の人生の作法(マナー)』(青春出版社)、『言葉にして伝える技術』(祥伝社)、『僕が「チャングム」から教わったこと』(飛鳥新社)、『接待の一流』(光文社新書)など多数。
http://www.tasaki-shinya.com/

取材後記
▼田崎さんは「世界一のソムリエ」として広く知られているが、ワインの文化が全くなかった日本で世界一を目指すということが、どれほどの努力を要するものだったのか、私たちの想像を絶するものだった。ただひとつの目標に向けた努力を、しかも報われるかどうかも全く分からない中、毎日毎日11年あまりも続けられるだろうか。多分田崎さんは、漁師であっても料理人であっても支配人であっても成功されていたのだろう。そう思えるほど田崎さんの努力には感服させられる。▼また、10代から本気でやりたい仕事に対して自問自答され、自分の本当の居場所を見つけるまで、転職を躊躇なく繰り返されている。そうできるだけの実力と実績が田崎さんにはあった。これももちろん田崎さんの努力の賜物である。私たちもまだまだ「プロ」としての努力が足りない、そう思わされるインタビューだった。

特別インタビュー 階段を一歩上るとき

  • 工藤公康
    工藤公康
    野球解説者
    2012年9月27日更新
  • 堀義人
    堀義人
    グロービス経営大学院学長
    2013年2月28日更新
  • 三浦雄一郎
    三浦雄一郎
    冒険家
    2013年3月21日更新
  • 南場智子
    南場智子
    株式会社ディー・エヌ・エー取締役 ファウンダー
    2013年6月20日更新
  • 糸井重里
    糸井重里
    「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰
    2013年9月19日更新

最新の転職マーケットを熟知したキャリアアドバイザーがあなたの状況に合わせて、転職をサポートします。

転職支援サービスに申し込む【無料】